2008-01-01から1年間の記事一覧
前回ぼくは、ピークォド号が沈んだあとに訪れる「不思議な沈黙」は、戦いの終了によって突然、「闇の力」から解放されたときの虚脱感の象徴だと書いたが、じつは、あの沈黙にはそういう個人的な感覚を超えた意味も含まれていると思う。それを裏づけるのが「…
読書にほとんど時間が割けず、相変わらず先へなかなか進まないが、"Netherland" は随所にあれこれ考えさせる文言があって面白い。その点、Patrick Gale の "Notes from an Exhibition" とは対照的だ。あちらは当初、構成がしゃれているのと、謎めいた主人公…
今年の話題作のひとつ、Joseph O'Neill の "Netherland" を仕事の合間にボチボチ読んでいるのだが、今のところ、とてもいい作品だと思う。早く読みおえたいのだが、諸般の事情でなかなか読書に時間が割けないのが残念。 本書で気に入っている点は、まず、9.1…
戦いは終わった。エイハブは、イシュメールを除くピークォド号の乗組員もろとも海の藻屑と消えてしまう。だが、白鯨を根元的な悪の存在と見なすエイハブの死は、理想主義の敗北を意味しない。何度も引用するように、エイハブは「おれの至上の偉大さは、おれ…
いささか旧聞に属するが、コスタ賞のショートリストが発表されている。http://www.costabookawards.co.uk/awards/thisyearshortlist2008.aspx ・優秀長編賞 "The Secret Scripture" Sebastian Barry, "The Other Hand" Chris Cleave, "A Partisan's Daughter…
ブログをサボっているあいだに、タイム誌http://www.time.com/time/specials/2008/top10/article/0,30583,1855948_1864238,00.htmlとガーディアン紙http://www.guardian.co.uk/books/2008/dec/13/best-fictionが今年の優秀作を発表した。タイム誌のベスト10…
ときどき覗いているアマゾンUKの Fiction 部門のベストセラー・リストを先ほど見たら、先週読みおえた "Notes from an Exhibition" は75位。いつから載っているかは憶えていないが、相当前からであることは確かだ。たぶん、Richard & Judy Book Club が2008…
白鯨を根元的な悪の存在と見なし、白鯨を仕留めることでこの世に絶対的正義を確立しようとするエイハブが一瞬、巨大な鯨という壁「の背後には何もないと思う」。白鯨をその白さゆえに、崇高な理想主義的ヴィジョンの象徴と見なすイシュメールも、同じくその…
よんどころない事情が重なり、1週間近くブログをサボってしまった。何より恩師が亡くなられたのがショックで、なかなか駄文を綴る気持ちになれなかった。以下は、何日か前に読了した "Notes from an Exhibition" のレビュー。Notes from an Exhibition作者:…
ようやく仕事の目途がついたので、中断していた Patrick Gale の "Notes from an Exhibition" を昨日からまたボチボチ読みはじめた。ぼくはいつも土曜出勤だが、日曜には「自宅残業」しなければ読了できるかもしれない。 パターンが見えたところで少し飽きて…
いよいよニューヨーク・タイムズ紙が今年のベスト10を発表した。http://www.nytimes.com/2008/12/14/books/review/10Best-t.html?_r=1&ref=review fiction 部門の5冊は次の通り。 "Dangerous Laughter" Steven Millhauser, "A Mercy" Toni Morrison, "Nethe…
もっか猫の手も借りたいほど忙しく、中断している長編の代わりにせめて短編集でも読みたいところだが、ぼくは物覚えが悪く、最初のほうに読んだ短編がどんな作品だったか忘れてしまうことが多い。それゆえ、短編集のいい読者とは言えないが、シリトーの『長…
この世で絶対的正義を追求しても、得られるものは相対的正義でしかなく、しかもおびただしい血が流れる。そんなものが果たして正義なのか、善なのか? いやそもそも、絶対的正義なるものは存在するのだろうか。そんな疑念にエイハブが駆られているように思え…
ご存じ Michiko Kakutani が発表した今年のベスト10を見たら、Joseph O'Neill の "Netherland" も選んでいた。http://www.nytimes.com/ref/books/2008holidayKakutani2.html?ref=arts 早く読みたいところだが、超多忙のため、"Notes from an Exhibition" を…
『ピアニスト』に続いて、3年前の2月ごろだったか、ぼくとしては洋書のレビュー第2弾を書き、アマゾンに投稿(その後削除)したのが、同じくイェリネクの "Women as Lovers" についてだった。Women As Lovers (Masks)作者: Elfriede Jelinek,Martin Chalm…
もっか多忙をきわめているので、例によって昔のレビューでごまかそう。ご存じ04年のノーベル賞作家、イェリネクの『ピアニスト』だ。The Piano Teacher (Serpent's Tail Classics)作者: Elfriede Jelinek,Joachim Neugroschel出版社/メーカー: Serpents Tail…
今日もアマゾンUKでベストセラーになっている(fiction 部門64位) Patrick Gale の "Notes from an Exhibition" をぼちぼち読んでいるのだが、ボケ+風邪+多忙の三重苦のため、まだしばらく時間がかかりそうだ。少し前、「今のところ、かなり気に入ってい…
白鯨を根元的な悪の存在と見なすエイハブは、悪の根絶、言い換えれば、この世に絶対的な正義を樹立しようというヴィジョンに憑かれている。さような理想主義的ヴィジョンはたしかに美しい。しかし一方、それは必然的に流血の惨をもたらすがゆえに恐ろしい。…
いよいよベスト10の季節がやって来た。まず最初、11月3日に "Publishers Weekly" が Best Books of the Year を発表。http://www.publishersweekly.com/article/CA6610357.html 例によって10冊以上の優秀作がずらっと並んでいる。このうち、ぼくが読んだこ…
年末が近づいてきた。ぼくは何しろ宮仕えの身なので大忙し。連休中も「自宅残業」の毎日だった。おかげで、せっかく読みだした Patrick Gale の "Notes from an Exhibition" も思うように進まない。 が、その割に今のところ、かなり気に入っている。故植草甚…
エイハブのように、たとえ本人は絶対的な正義を追求しているつもりでも、それはこの世では相対的な正義に変質せざるをえない。それが現実だ。万人にとってひとつの神の正義が確立されたためしはないからだ。そしてその変質の過程で、絶対的な正義は絶対的に…
前にも書いたように、ぼくは恥ずかしながら『アンネの日記』も『シンドラーのリスト』も未読。ナチス物といえば、その昔、『オデッサ・ファイル』のような娯楽小説のほうをたくさん読んだものだ。それゆえ、シリアスな系統はあまり詳しくないのだが、今まで…
たしかに過去のナチス物、 ホロコースト物と較べて、「感動の大きさという点では、本書も遜色はない」。だが、ここでその「感動」の本質について考えてみたい。 この本を読んでいていくつか胸を打たれた箇所がある。まず、幼い娘がユダヤ人狩りに遭い、やむ…
この本には、ほかにもまだ小説としてよく工夫されている点がある。たとえば、60年前の少女の物語と現代の物語とで、はっきり文体を使い分けていることだ。一見無関係なふたつのストーリーが並行して進み、やがてひとつに交わるというのは定石だが、少女のほ…
日本時間で本日正午から National Book Awards(全米図書賞)の発表が始まった。最初は Young People's Literature 部門で Judy Blundell の "What I Saw and How I Lied" が受賞。What I Saw And How I Lied作者: Judy Blundell出版社/メーカー: Scholastic…
ホロコースト物を読むのは John Blum の "Those Who Save Us" 以来で、あれもやはりニューヨーク・タイムズのベストセラー・リストで知った本だった。http://d.hatena.ne.jp/sakihidemi/20080517 ぼくはそのとき、次のように書いている。 生理的な不快感は別…
昨日、Tatiana de Rosnay の "Sarah's Key" を読了。一日たって、だいぶ冷静に考えられるようになったが、読みおわった直後はしばし目頭が熱くなった。 追記:その後、本書は映画化され、2010年に日本でも「サラの鍵」として公開されました。Sarah's Key: Fr…
本当は読了したばかりの Tatiana de Rosnay の "Sarah's Key" について書きたいのだが、行きがかり上、"The White Tiger" の話を今日こそ締めくくらないと。 この本の主人公は、今でこそ富裕層に登りつめているものの、元々は貧民で運転手兼召使い。いわゆる…
"The White Tiger" になぜ「拍子抜けした」のか、また、"The Gathering" がなぜ深みに欠けるのか。その理由は簡単で、06年にブッカー賞を取った "The Inheritance of Loss" と比較してみればすぐに分かる。 この小説でぼくがいちばん感心したのは、各人の喜…
昨日はホメホメおじさんになってしまったが、それならなぜ「この程度で受賞かと、いささか拍子抜けしてしまった」のか。それを考える前に、ここ3年間のブッカー賞受賞作の傾向を調べてみよう。 まず06年だが、ぼくはこの年、受賞作の発表前に読んだのは、Ka…