ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

“Red April” 雑感 (2)

 本書がポリティカル・スリラーとわかったときは、正直言って、なんだミステリか、と思ったのだが(決してミステリをバカにしているのではなく、昔の恋人とヨリを戻したくないだけです。復縁すると夢中になりそうなので)、これ、なかなかいいですな。作品にぐっと深みが出てきつつある。
 たとえば、主人公の地方副検事 Chacaltana のキャラだが、彼の心にさまざまな葛藤が渦巻いているところがいい。人並みに野心があり、出世を気にかける一方、青くさいほどの正義感に燃え、正直でまじめ。現実の壁にぶつかって絶望し、不安におののき、ひそかに弱音を吐くが、自分の職務と良心に忠実であろうとして、ふたたび行動を起こす。
 幼いころに亡くなった母親の遺品を一室に集め、その部屋で毎日、亡き母に話しかけるところはマザコンだが、単なるキャラ作りの一環かと思ったら、それがあとで事件の背景にふくまれることとなる。
 妻と別れ、今は独身。孤独な毎日を過ごすうち、やがてレストランのウェイトレスと親しくなる。定石どおりの展開だが、しっとりとした情感に満ちている。しかも、二人の結びつきは、これまた決して事件と無関係とは言えない。
 つまり、事件の複雑な背景とからめながら、主人公の陰翳に富んだ人物像を次第に浮き彫りにしているわけだが、彼が捜査の過程で面会した服役中の共産ゲリラ兵がこんなことを言う。'If you kill with homemade bombs it's called terrorism, and if you kill with machine guns and hunger it's called defense. It's a play on words, isn't it?' (p.117) 'Here we kill under threat of death. That's what people's war is about.' (p.119)
 これに対して副検事は一言も反論することができない。真実だからだ。ネタばらしにならない程度に書くと、彼が首を突っこんだ事件は、ペルーにおけるゲリラ戦争と大きくかかわっている。この点でも、「作品にぐっと深みが出てきつつある」わけだ。