ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Madeline Miller の “The Song of Achilles” (2)

 雑感にも書いたとおり、「どんなにがんばっても、ホメロスの向こうを張るなんてすごい芸当ができるわけはないだろう」という偏見を捨て、「原作とは違うが、これはこれでおもしろい」かもしれないと期待して読みはじめた本書だが、読後の今は、まあこんなものかな、と思っている。既読のオレンジ賞候補作の中では、Ann Patchett の "State of Wonder" のほうがずっとおもしろかった。ただし、光る部分はあります。
 上の偏見と重なるが、ぼくは本書を読みながら、『イリアス』を題材にして作品を書く意味はいったい何だろう、という疑問を終始持ちつづけた。ぼくの勝手な推測だが、ホメロスの場合には、偉大な国家の歴史を同時代人に知らしめ、後世に語りつたえるという使命感があったのではないか。古代ローマ史専門の知人に問いあわせたところ、トロイア戦争は『イリアス』の記述どおりではないにしても実際にあり、アキレウスもモデルになった人物は実在したはずだという。では、それを現代において小説化する意味は何か。その答えをぼくは最後まで発見することができなかった。ただ、パトロクロスのほうを主人公にすえるという非凡な着想や、何より「ホメロスの向こうを張る」チャレンジ精神には大いに敬意を表したい。
 さらに上の疑問と関連して、アキレウスを現代の作家が採りあげるなら、必ずその「人間的な側面が強調され」るにちがいない、と予測していた。「神と人の子」の英雄にも、意外にこんな親しみやすい面があったのかもしれませんよ、というアプローチは常套手段だからだ。上の知人によれば、アキレウスパトロクロスのあいだに同性愛関係があったかどうかは疑問だが、仮にあったとしても何らフシギではなく、古代ギリシャではよくある話だという。その説を「全面的に採用」し、「全編を通じてアキレウスを思うパトロクロスの愛情」を書き綴ることによって、「人間アキレウス像」を造形したところに本書の新味がある。が、くりかえし問うが、だから何なのか。英雄にも人間的な側面があったなんて、あまりにも当然のことだろう。
 …何だかミもフタもない話ばかりしている。この本はやっぱり、「壮大な叙事詩のことは忘れ」て楽しむべき作品です。そう割り切れば、「これはこれでおもしろいかもしれない」。読みどころは昨日のレビューに書いたとおりで、ぼくは途中、★を1つオマケしようかなと考えていたくらい。が、最後は正直言ってかなり退屈でした。アキレウスヘクトルを倒すシーンなど、思わず、え、と気が抜けるほどあっさりしている。古典にチャレンジしたのはいいが、現代作家にできることは「まあこんなもの」なんでしょうかね。