ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

"White Tiger" 雑感

 この秋最大の話題作と言ってもいい Aravind Adiga の "The White Tiger" を読みだしたところだが、なかなか快調。今のところ、インドの貧しい家に生まれ育った主人公が(たぶん)成り上がる過程を描いたもので、召使い同士の駆け引きなどリアルで面白い。が、どこかで読んだことがあるような話で、まだ夢中にはなれない。
 文体もまあ標準的なものだろう。中国の首相に宛てた手紙というスタイルで、次第に普通の叙述体になる。こういう形式の小説には何度か接したことがあり、べつに目新しいものではない。歯切れのいい活発な調子には好感が持てるが、抜群の切れ味があるわけではない。
 内容、分量、英語の難易度から考えて、時間がとれる人ならたぶん、楽に1日で読み切れるだろうが、ぼくは例によって、ほとんど電車の中で楽しんでいるだけなので、読了まで今しばらくかかりそうだ。そこで、「インドつながり」で、この2,3年のあいだに読んだインド系作家の作品、それもインドを舞台にしたものを思い出してみた。
 All day, the colors had been those of dusk, mist moving like a water creature across the great flanks of mountains possessed of ocean shadows and depth.
 ご存じ Kiran Desaiの "The Inheritance of Loss" 冒頭の一文である。「小気味よいテンポとコミカルなタッチ」「鋭い知性を感じさせる文体」とぼくは評したが、さすがにかちっとした出だしだ。後続の内容にふさわしい陰影の濃さも感じとれる。http://d.hatena.ne.jp/sakihidemi/20071017/p1
 I used to be human once. So I'm told. I don't remember it myself, but people who knew me when I was small say I walked on two feet just like a human being.
 これは Indra Sinha の "Animal's People"。冒頭から、え?と思わせる書き方で、何か惹きつけるものがある。「力あふれる独特の文体」で「語り口の変化の妙」が楽しめる、とぼくは評した。http://d.hatena.ne.jp/sakihidemi/20070930/p1
 May in Ayemenem is a hot, brooding month. The days are long and humid. The river shrinks and black crows gorge on bright mangoes in still, dustgreen trees. Red bananas ripen. Jackfruits burst. Dissolute bluebottles hum vacuously in the fruity air. Then they stun themselves against clear windowspanes and die, fatly baffled in the sun.
 これはちょとズルをして、かなり前に読んだ Arundhati Roy の "The God of Small Things"。brooding, shrink, vacuously, fruity, stun, fatly といった単語の使い方に惹きつけられ、最初から無我夢中で読んだ。さすがブッカー賞受賞作と、大いに感心したものだ。アルンダーティ・ロイには、もっともっと小説を書いてもらいたいのだが…

The God of Small Things

The God of Small Things

 それに較べ、"The White Tiger" の出だしは、'Neither you nor I speak English, but there are some things that can be said only in English.' となっている。書簡体だから仕方がないと言えば仕方がないけれど、この一文からして、ううん、これはもっと先まで読まないと…という感じ。冒頭から味わい深いキラン・デサイやロイの英語のほうがぼくは好きだ。