先日、やっと表題作(1860)を読了。諸般の事情で、当初の予定より大幅に遅れてしまった。このレビューもどきに取りかかるのも遅れた。さてどっこいしょ、重い腰を上げるとしよう。(下にアップしたタイトルの women は明らかに誤植)
[☆☆☆☆★] 謎とサスペンス、陰謀、メロドラマ。そして人物造型。本書の名作たるゆえんはその五点にしぼられる。深夜の路上、白衣の女が忽然と姿を現わす夢のようなシーンは衝撃的かつ蠱惑的。精神病院から脱走した女で、名はアン・キャサリックと明かされても興味は尽きない。アンと出会った青年画家ウォルターとどうかかわるのか。一方、ウォルターは上流階級の娘ローラと恋に落ちるが、ローラの異母姉マリアンに説得され、別離をしいられる。やがてローラは心ならずも婚約者クライド卿と結婚。その生活ぶりに違和感をおぼえたマリアンは、卿とその友人フォスコ伯爵にも疑念をいだく。彼らはどんな陰謀を企てているのか。ざっとこうした流れで進む物語は、現代人の目で見れば冗長で緩慢に思えるくだりもあるが、それはいわばヴィクトリア朝的テンポ。当時の読者のあいだに一大センセーションを巻きおこしたというのは、おおいに納得できる話だ。白衣の女アンの謎と、悪党たちの陰謀から生みだされるサスペンスは極上の味わいで、これにウォルターとローラのロマンスが彩りを添える。T・S・エリオットはマリアンとフォスコ伯爵を、「コリンズが最もリアルに描いた人物」と評し、「この本はふたりの人物ゆえに劇的」なのだという。聡明で勇敢なマリアンと、奸智にたけたフォスコ伯爵。ふたりの直接対決により謎と陰謀が解明されれば、たしかにいっそう「劇的」となったはずだが、じっさいの探偵役はウォルター。終幕にはスパイ小説のおもむきもあり、エリオットの指摘とはべつに、じゅうぶん波瀾万丈の展開を楽しめる作品である。