ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

William Maxwell の "The Chateau"(2) 

 ベルジャーエフによれば、プルーストは「人間の意識における道徳的葛藤などまったく眼中になかった」そうだが、ひょっとしたら、これがその昔、『失われた時を求めて』を邦訳で読みはじめて挫折した原因かもしれない…などとエラそうなことは言うまい。何しろ少しかじっただけなのだから。老後を迎えたら、まっ先にプルーストを英訳で読もうと思っている。ベルジャーエフの指摘が正しいかどうかは、そのときまで保留にしておこう。
 ともあれ、William Maxwell の "The Chateau" がかなり退屈だった理由は、この小説には「道徳的葛藤などまったく」、まあ百歩譲って、ほとんどなかったからである。まずアメリカ人の若い夫婦だが、どっちがどっちだったか忘れてしまったけれど、早起きがいいか朝寝坊が好きか、何事も入念な計画を立てたがるか、それとも偶然にまかせるほうがいいか、その程度の性格の差しかない。いくら「おしどり夫婦」と言っても、これでは葛藤がなさ過ぎる。道徳的問題でなくても、せめて愛憎の波風が欲しい。
 それから、この夫婦と、古い屋敷の女主人をはじめとするフランス人の関係だが、ひとつには言葉の壁もあって、意思の疎通がなかなかうまく行かない。ほとんど常に違和感、疎外感がつきまとい、夫婦は部外者、異端者であることを余儀なくされる。ところが、その根本的な原因は不明。それなら当然、サスペンスが生まれるはずなのに、さっぱり盛り上がらない。
 もちろん後日、疎外の種明かしはなされるのだが、それを読んだあとでも不満に思うのは、この小説には、性格や価値観の異なる人物の対立や葛藤がほとんどないことだ。これがサスペンスの盛り上がらない第一の原因である。つまり本書は、いくら情景や心理の描写が緻密でも、人間同士の葛藤がなければ少しも面白くないということを、つくづく思い知らせてくれる作品だったと言えよう。