ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Aravind Adiga の "The White Tiger"(3)

 昨日はホメホメおじさんになってしまったが、それならなぜ「この程度で受賞かと、いささか拍子抜けしてしまった」のか。それを考える前に、ここ3年間のブッカー賞受賞作の傾向を調べてみよう。
 まず06年だが、ぼくはこの年、受賞作の発表前に読んだのは、Kate Grenville の "The Secret River" と Sarah Waters の "The Night Watch" だけだった。で、後者にハラハラドキドキさせられたあげく、「下馬評どおり、本書が栄冠に輝いても何ら不思議ではない」などというレビューをアマゾンに投稿、すっかり恥をかいてしまった。http://d.hatena.ne.jp/sakihidemi/20080218/p1
 その後、受賞作はもちろん、最終候補作のすべてに目を通し、Kiran Desai の受賞はきわめて妥当だと思った。たしかにサラ・ウォーターズのほうが波瀾万丈、ストーリー性に優れているが、「複雑な人間関係の面白さ」以上の深みはない。それに較べ、『喪失の響き』には「インド人の近代の宿命」が描かれており、それが単なる個人の哀感を越えて切々と胸に迫ってくる。じつにすばらしい作品である。http://d.hatena.ne.jp/sakihidemi/20071017/p1
 で、去年は発表前に最終候補作をぜんぶ読んだ結果、本命が Lloyd Jones の "Mister Pip" 、対抗が Nicola Barker の "Darkmans"、穴馬が Indra Sinha の "Animal's People" と予想したのだが、これまた、ものの見事に大外れ。去年のブログを読むと冷や汗が出てくる。とはいえ、いまだに Anne Enright の受賞には納得できない。一昨年の「ショートリストに残ったどの候補作よりも落ちる」という評価を変えるつもりはまったくない。http://d.hatena.ne.jp/sakihidemi/20070912/p1
 ただし、ひとつ言えることは、"Mister Pip" にしても "Darkmans" にしても、たしかにストーリー性という点では "The Gathering" より優れているのだが、さりとて格段の深みがあるわけではない。もちろん、「あやふやなストーリーを背景に、曖昧な印象を羅列している」アン・エンライトのほうも決して深くはないのだけれど…。
 さて今年のブッカー賞だが、発表前に唯一読んだ最終候補作、Steve Toltz の "A Fraction of the Whole" は、「呆れるばかりのドラマティックな展開」のわりに、「心の底を揺り動かされるような感動は得られなかった」。受賞作の "The White Tiger" のほうが張扇をたたく回数こそ少ないけれど、「主人公の感情にリアリティーがある」し、「真情のこもったファースの要素」など評価すべき点も多い。それゆえ、2作を較べるかぎり、受賞は妥当かなという気もする。
 そこで結論。(最近の)ブッカー賞では、波瀾万丈のストーリーで大向こうをうならせる小説よりも、(エンライトの受賞に異論はあるが)じっくり読ませる深みのある作品が評価される。この点を忘れずに、来年こそぜひ、予想を的中させたいものだ!?
 "The White Tiger" になぜ「拍子抜けした」のか、また、"The Gathering" がなぜ深みに欠けるのかについて書くヒマがなくなった。この続きはまた後日。