ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Sebastian Barry の “The Secret Scripture”(2)

 昨日書いたレビューを読みかえしたら、3回の雑感に毛が生えた程度で新しい指摘がほとんどない。何だか奥歯に物のはさまったような「書き方」だが、弁解すると、主人公の老婦人の秘密をばらさないようにするのに手こずったあげく、あんな表現になってしまった。その秘密が作品の根幹をなしているのに、秘密であるがゆえに公然と論じることができない。まことに困った小説だ。
 ともあれ、それが「解明に値する謎」、「人生の苦い真実を思い知らされるような秘密」であることは間違いない。それを知れば、「宗教的権威とは何か、狂気を狂気と断じる正気とは何かと考えざるをえない」からだ。差し障りのない程度に補足すると、この問題は去年の10月以来、不定期的に書き続けている「"Moby Dick" と闇の力」シリーズの主題ともかかわっている。端的に言えば、猛烈な理想主義の衝動に駆られた人間のもたらす災禍である。
 つまり老婦人の秘密はそれだけ深い内容をはらんでいるのだが、Sebastian Barry は問題の入り口から少し中に入ったところで止まっている。それゆえ、「その問題をさらに突っこんで欲しかった」わけだが、秘密が明らかにされるプロセスを考えると、小説としてはバランスの取れた大団円だと思う。個人的、さらには感傷的なアプローチになってしまったが、そのほうがむしろ終始一貫している。いくら大きな問題でも、それが明示された段階でメルヴィルのような正攻法を採れば、ひどく突出した印象を与えることだろう。
 「激動の歴史が人間の運命を左右するのは真実フィクションを問わずよくある話だが、さて、それがどこまで深く掘り下げられているか。その深度によって本書の価値が決まるかもしれない」と雑感に書いたが、結局、「深度」はわりと浅め。従って、「優れた文学作品」ではあるが、名作とまでは言えない。
 去年のブッカー賞のショートリストに残った作品を読むのはこれで3作目だが、順位をつけると、受賞作の "The White Tiger" に次いで本書は第2位。多少なりとも「人生の苦い真実」にふれている点で、"A Fraction of the Whole" よりは心に残る。といって、"The White Tiger" のほうが深いわけでもないが、同書の受賞は今のところ妥当だったような気がしてきた。