ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Sebastian Barry の “The Secret Scripture”(1)

 やっと読み終えた。今まで3回にわたって書いた雑感の続きに過ぎないが、さっそくレビューをまとめておこう。 

The Secret Scripture

The Secret Scripture

[☆☆☆★★★] 08年コスタ賞最優秀作品賞受賞作。戦乱の時代のアイルランドを舞台に、歴史の闇に葬りさられた人物の人生を再構成する物語。手がかりが少しずつ紹介される関係上、最初は地味な展開だが、話が見えてくる中盤から加速度的に盛り上がる。主人公は精神病院に長年入院中の老婦人。その様子に関心を持った精神科医が入院の事情を明らかにしようと面談を開始。一方、婦人は医師の質問をはぐらかしながら、美しかった娘時代からの回想を手記にしたためていく。父親がアイルランド内戦に巻きこまれたのちに死亡。幸福な結婚、IRA兵士との密会、破局と悲劇…。やがて医師は婦人の秘密を解く重要な文書を入手、父親の死など、それまで婦人の視点から描かれていた事件が別の角度から説明し直される。話としてはオーソドックスな展開だが、解き明かされた秘密を知れば、宗教の違いや戦争に翻弄される人間のはかなさに思いを馳せ、また、宗教的権威とは何か、狂気を狂気と断じる正気とは何かと考えざるをえない。できればその問題をさらに突っこんで欲しかったが、秘密を調査する側の人間が野次馬ではなく、その秘密を自分の人生と関連づけた物語になっている点が見事。優れた文学作品のゆえんである。やや難しめの語彙が頻出する上級の英語だが、決して難解というほどではない。