ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Mary Ann Shaffer & Annie Barrows の "The Guernsey Literary and Potato Peel Pie Society"(3)

 本書はもちろん「全編にわたって上品なユーモアにあふれ」ているだけに、冒頭から終始ニヤニヤさせられる。「読んでいて晴れやかな気分になるのが何よりありがた」く、ああ面白かった!と安んじて眠りにつくのが最上の読み方かもしれない。
 だが、ぼくはこれを「一服の清涼剤として」楽しみながら、その一方で、「人間の善良さ、正義感、人情や愛情など」は、やっぱり理屈ぬきに人を惹きつけるものだと野暮なことを考えずにはいられなかった。珍妙な文学会を設立した女性は、同胞に対する不当な仕打ちに我慢できない。島を占領したドイツ軍の軍医は、難渋している島民に救いの手をさしのべる。そんなエピソードに接すると、ふだんダラケているぼくでも、そうそう、これだよ、人間の基本は!と襟を正したくなったのだ。「忘れていた何かを思い出させてくれる」とレビューに書いたのはその意味である。
 戦争小説といえば、近年の収穫としては、ぼくの乏しい読書体験では、Irene Nemirovsky の "Suite Francaise" http://d.hatena.ne.jp/sakihidemi/20071122 と Chimamanda Ngozi Adichie の "Half of a Yellow Sun" http://d.hatena.ne.jp/sakihidemi/20071129 にとどめを刺す。この2人の作家に共通して言えることは、スタンスの差はあるが両者とも、人間が人間であるがゆえに持っている欠点への認識を創作の足がかりにしていることだ。以前の日記に書いた内容をコピーしておこう。
 「人々が戦争で暴徒と化す場面は今まで数多くの作家によって描かれてきたが、ネミロフスキーの作品が凡百の戦争小説と異なるのは、人間が本来、内面にもっているエゴイズムを露呈する契機、あるいは触媒として戦争を捉えている点である。それは人間の不完全性を見据えた悲劇的人間観に他ならないが、アディーチェは同じくそういう視点に立ちながらも、最終的な決断を個人の手にゆだねることによって人間への信頼を示している。ぼくはそこに感動を覚える」。
 ぼくはこのように、悲劇的人間観に立脚しているものを戦争小説の傑作と考えている。その点、"The Guernsey Literary...." は戦争の問題の核心に迫った作品ではないので、ぼくの基準からすれば「傑作」とは言えない。だが、ネミロフスキーやアディーチェが「人間が人間であるがゆえに持っている欠点への認識を」示しているなら、本書の2人の作者は「人間が人間であるがゆえに持っている美点」を再確認させてくれる。だからこそ本書は間違いなく「秀作」なのであり、あちらでベストセラーになっている理由もそのへんにあるのだろうと思う。