ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

“The Slap”雑感(2)

 もうそろそろジョギングに出かける時間だし、そのあと酒を飲むことにしているので今日の読書はここまで。それでも、明日がんばれば何とか読了できるかもしれない。最近のぼくにしては珍しくハイペースだが、それはひとえに本書が「無類に面白い読み物」だからである。
 作者はメルボルン在住で、Christos Tsiolkas という舌を噛みそうな名前が示すとおりギリシャ系の作家らしい。で、本書の舞台もメルボルン、登場人物もギリシャ系の住民が大半を占めている。かなり長い小説だが、実質的には長めの短編というか中編を集めたもの、という印象を受ける。各章ごとに主人公が交代し、それぞれの視点から共通の事件や自分の人生などについて物語る、いわゆる「輪舞方式」を採用しているからだ。こんな小説を読むのは、昨年の全米図書賞受賞作、Colum McCann の "Let the Great World Spin" 以来だが、こちらのほうが読み物としてははるかに面白い。
 「共通の事件」はタイトルに関係している。第1話の主人公 Hector が家族・親戚・友人・知人をおおぜい招いてバーベキュー・パーティーをもよおしたところ、Hector の従弟がバットで殴られそうになったわが子を守ろうと、相手の幼い子供をひっぱたたいたのだ。すると子供の両親は幼児虐待事件として Hector の従弟を告訴。他愛もない話だが、この流れが当事者や目撃者のあいだでさざ波のように広がる一方、それはいわば刺身のツマで、メインとしてはそれぞれの人生問題が語られるという寸法だ。
 ただし、「人生問題」といっても重大なものではない。ざっと拾うと、夫の浮気、長年果たせなかった仕事の夢、家庭のよさの再認識、娘や未熟な母親の人間的な成長、老人の孤独などが、さまざまに織りなされる親子や夫婦、友人関係を通じて次々に描かれる。要するに家庭小説であり、どのエピソードも日常茶飯事だが千変万化、くだらないなあと思いつつ、いや、これが小説の醍醐味だぞ、という気もしてとにかく面白い。「だけど(ストーリーが面白いだけでは受賞が無理な)ブッカー賞はたぶん無理でしょうね、というのが率直な感想」なのでした。