ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Rose Tremain の “Trespass”(2)

 Rose Tremain の作品を読むのは2年前のオレンジ賞受賞作 "The Road Home" 以来だが、相変わらず手堅い作風だ。「登場人物の心理や性格、関係、主筋の展開など、どの要素もすんなり頭に入り、ここにはまさしく英国小説の長い伝統が息づいている」とは同書を読んだときの感想だが、この評は "Trespass" にもそっくりそのまま当てはまると思う。ウェルメイドな作品である。読み物としてもなかなか面白い。
 ついでに言うと、物語性という点では、ブッカー賞の候補作はロングリストに載っただけの作品のほうが意外に面白い。(あくまで独断と偏見ですけどね。海外文学にハマったのはせいぜいこの10年で、そのうち最初の5年はブッカー賞なんて受賞作を後追いするだけだったから、読み残している候補作は山ほどあります)。
 だけど、ううむ、これはおそらくショートリストにも残らないんじゃないか、という気がする。そこで William Hill のオッズを今調べると、10 / 1 で下位グループの1冊だ。(ちなみに、3日前に読みおえた "The Slap" は 9 / 2 。David Mitchell の作品と並んで1番人気に躍進している。アマゾンUKでも両書はベストセラーのようだ)。
 本書は「ミステリ仕立ての愛憎劇」ということで詳しくは書けないが、はっきり言ってパンチ不足。「ウェルメイドな作品で…読み物としてもなかなか面白い」けれど、それ以外の何物でもない。人間性に関する深い洞察という、ぼくが文学作品にいちばん期待する要素に欠けているのだ。そんな洞察に満ちた作品なんて現代文学にあるのか、と反問すると、それを言っちゃあおしまいですけどね。でもまあ、せめて「洞察の香り」くらいは欲しいもので、ぼくが「文学性」と言うときはいつもその意味なのだが、どうもこの "Trespass"、「文学性」が要求されると思われるブッカー賞では泡沫候補なんじゃないかな。