ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

“The Long Song”雑感

 "The Slap"、"Trespass" に続いて今年のブッカー賞候補作、Andrea Levy の "The Long Song" に取りかかった。彼女の作品の中では、2004年にオレンジ賞とウィットブレッド賞を取った "Small Island" がいちばん有名だが、中身はほとんど失念。6年前というとまだレビューを書いていなかったし、メモを取りながら読むこともなかったから、エクセルに著者とタイトルだけ打ちこんでいる読書記録を見ても何が何だかピンとこない。
 というわけで Levy は初体験に近いのだが、この "The Long Song" は、いかにもブッカー賞候補作という感じでなかなかいい。内容的にはべつにどうってこともないような気もするが、とにかく文体というか語り口がとても面白く、こういう作品こそ原書で読まないと本当のよさはわからないだろう。
 主人公はジャマイカの黒人女性で、今でこそ(といっても19世紀末の話だが)息子一家とともに平和に暮らしているが、昔は奴隷。その当時の体験を基本的に三人称で、ときおり一人称をまじえながらクロニクル風に綴ったものが本書という設定だ。今まで読んだ範囲では、1832年に起きた Baptist War という奴隷の反乱と、1838年奴隷制廃止が大きな事件で、虐待や暴行、暴動とその鎮圧、処刑、はたまた拳銃自殺など、事実としては血なまぐさい悲惨な内容が続くものの、これは政治小説でも社会小説でもない。
 むしろスラップスティックに近いコメディー調で、ほら話としか言いようのないエピソードも織りこまれ、文体は饒舌にしてヴィヴィッド。ややブロークンな英語が黒人の話し言葉を力強く再現している(ように思える)。サトウキビ農園での重労働など、書きようによっては問題告発小説となるところ、文字どおり「糞まみれ」でユーモラス。その描き方にどんどん惹きつけられる。
 人物像もじつに生きがいい。農園を経営する英国人男性や、その死後に農園を引き継いだ妹、主人公と一緒に働く奴隷たちなど、もしこれが映画ならオーバーアクションでカット! というような造形ながら文体と見事に一致し、彼ら彼女たちのドタバタぶりがケッサクだ。まだ読んでいる途中だが、これはショートリストに残ってもいいんじゃないかな。