ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

“Lord of Misrule”雑感(3)

 「事件らしい事件はない」と昨日書いたが、今まで最大の「事件」はやはり競馬のレース。章題にもなっているとおりだが、レースの実況中継はまずまずで、およそ手に汗を握るようなものではない。大昔何冊も読んだディック・フランシスの競馬スリラーのほうがはるかに面白い。
 ただ、同じ実況中継でも、若い娘の厩務員と、その恋人の調教師との関係を描いたくだりはけっこう読ませる。調教師を you と呼んで話しかけるような語り口で場面が進み、おかげでまさに実況中継らしい効果がある。いちおう「恋人」同士らしいけれど、娘は美人で聡明、独立心も強いのに、サディスティックな男の支配に甘んじている、というか意図的に隷属している。そのあたりの隠微でミステリアスな関係に妖しい魅力がある。
 語り口といえば、おそらく南部訛りだろう、かなりブロークンな口語で綴られているため、いかにもローカル・ピースらしい作品だが、この文体の面白さを味わえるのは相当な英語の達人でしょうね。簡単な例をあげると、'He don't know nothing.' や 'Soon's they is a card to read.' なんていう表現が続出し、'Sho is.' が 'Sure it is.' のことだと気づくのに少し時間がかかったぼくは意味の解読で精いっぱい。上記の例外を除いて、とても「味わえる」どころではありません。
 それゆえ、ふだんにもまして独断と偏見に満ちた感想になってしまうが、このブロークンな口語体のもたらす効果の一つは、田舎の小さな競馬場を存在基盤とする小さな「競馬コミュニティ」の活写ではないかと思う。味読とまでは行かないが、活きのいい英語であることくらいはわかる。厩務員や調教師、競馬場の管理人などが丁々発止と渡りあうところが美点の一つなんでしょうね。