ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Anne Enright の “The Forgotten Waltz” (2)

 これは既報のとおり、あちらのブロガーたちのあいだで、今年のブッカー賞ロングリストの候補作に挙げられている作品の一つだ。その後発見したサイト(http://www.waldenpondbooks.com/booker.html)でも紹介されている。Anne Enright とは相性のわるいぼくだが、すでにペイパーバック化されていることを知り、ふと読んでみようと思った。
 で、結論から先に言うと、本書のロングリスト入りはやっぱり厳しいのではないでしょうか。2007年の受賞作、"The Gathering" よりストーリーの流れにピントが合っていて読みやすいけれど、「単純明快な話だけに深みがない」。「文章表現としては見るべきものがある」ものの、"The Gathering" における「皮膚感覚的といってもよいほど繊細な筆致」のほうに軍配を上げる読者も多いはずだ。
 とはいうものの、ぼくは4年前、最終候補作をぜんぶ読んだあと、"The Gathering" の受賞はないだろうと予想していたので、今度もとんだ見当違いの可能性はある。ロングリストに選ばれるとしたら、「ウィットに富み、切れ味鋭い、活き活きとした力強い文体」を高く評価して、ということなんでしょうかね。
 ぼくは単なる思いつきで、小説を大ざっぱに3つのタイプに分類したことがあるが、本書は「表現重視型」に入るだろう。"The Gathering" もそうで、Enright はたぶん、ストーリー展開にはさほど興味がなく、さりとて人生の問題を追求するわけでもなく、人物の心情をいかに文学的、芸術的に表現するか、ということに腐心する作家ではないかと思う。その結果、たどり着いた一つの極致が "The Gathering" であるのかもしれない。
 ただ、ぼくは退屈で仕方がなかった。あまりにも希薄なストーリーだったし、テーマも月並みすぎたからだ。その点、この "The Forgotten Waltz" のほうは、「ストーリーの流れにピントが合っていて読みやすい」。それゆえ、安心して本書の「技巧を楽しむ」こともできる。
 だが一方、「単純明快な話だけに深みがない」。"The Gathering" もそうだが、これを読んで目からウロコが落ちるように人生の真実を知る、それを知って考えこんでしまう、ということはいっさいない。そんな「テーマ追求型」の小説は今どき珍しくなったが、せめてストーリーが面白ければ、底の浅さはさほど気にならない、というのがぼくの趣味だ。ところが本書の場合、「流れにピントが合って」はいるものの、「ストーリー重視型」と言えるほど波乱に富んだ展開ではない。
 以上、今回も「Enright とは相性のわるい」結果になってしまった。今年のブッカー賞レースの中から、深いテーマ、面白いストーリー、芸術的な表現と、三拍子そろった傑作が生まれるのを期待したいものだ。