うっかり書き洩らしていたが、本書には邦訳がある。
- 作者: フィリップ・クローデル,高橋啓
- 出版社/メーカー: みすず書房
- 発売日: 2009/01/08
- メディア: 単行本
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さて本書には、昨日書いた「ガラスのような目」の場面以外にも、読んでいて思わずうなってしまったくだりがある。謎の男が自分の描いた人物画や風景画の展覧会を宿屋でひらくところだ。ぼくは一瞬、スティーヴン・ミルハウザーの "Dangerous Laughter" を思い出し、次の瞬間、これはミルハウザーよりすぐれているぞ、と思った。
Dangerous Laughter: Thirteen Stories (Vintage Contemporaries)
- 作者: Steven Millhauser
- 出版社/メーカー: Vintage
- 発売日: 2009/02/10
- メディア: ペーパーバック
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…昔のレビューの再録だが(点数は今日つけました)、これに対して "Brodeck" における幻想的な「個展」シーンの場合、「こんな異形の世界を創出する意味はどこにあるのだろうか」という疑問を覚えることはまったくない。「目から鱗が落ちるような人間に関する発見」ではないにしても、ここには「非現実的な空想を通じて恐怖の現実を生みだす」という歴とした必然性があるからだ。
ぼくは去年の暮れ、Erin Morgenstern の "The Night Circus" を読んだあと、こんなことを書いた。「ぼくにとってファンタジーのたぐいは、ただの絵空事、摩訶不思議な空想の産物だけでなく、それを読むことによって現実に立ち返る作品であるほうが望ましい。さらに言えば、非現実を描くからにはそれなりの必然性がなければならぬ、ともぼくは考えている。現実を現実のままに描くだけでは描ききれない現実、非現実的な設定によってありありと浮かびあがる現実――もしそういう『非現実の現実』があるとしたら、それを描くところにSFやファンタジーの存在価値があるのではないだろうか」。
"Brodeck" の「個展」シーンには、まさしく「非現実の現実」が認められる。この場面ひとつ取っても、"Brodeck" は「人間の内面にひそむ悪、狂気をアレゴリカルに描いた秀作」なのである。