ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

"Possession" 雑感(2)

 Byatt の作品は今まで二冊しか読んだことがない。まず手にしたのは短編集 "Sugar & Other Stories" だが、憶えている作品はゼロ。次に読んだ2009年のブッカー賞最終候補作 "The Children's Book" は、落選もむべなるかな。受賞した Hilary Mantel の "Wolf Hall" [☆☆☆☆★] とは格段の差があった。が、いちおうレビューを再録しておこう。

The Children's Book

The Children's Book

[☆☆☆★★] 19世紀末から20世紀初頭、第一次大戦にかけて子供から大人へと成長した世代のクロニクル。当時の親たちの世代もふくめ、各人物の人生行路に代わるがわるスポットを当てたものだが、その当て方がほぼ均等で、ほぼ同程度に細かく、しかもそれが相当多数にのぼり、またヴィクトリア女王時代の末期から世界大戦までの背景説明も詳細をきわめるため、次から次に続くモザイク模様をながめているようで、物語の進行が非常にスローペース。大人たちには、斜陽の射した大英帝国黄金時代の末期を象徴するかのように光と影、表と裏の顔があり、人生の醜い現実を知ることによって子供たちは大きく変化する。大人と接触することで自身の欲望を満たしたり、成長するにつれて自分も裏の顔をもったり、子供たちのほうも決して純真無垢な存在とは言えないが、人生の現実に直面して各人各様、それまでの生き方を一転させることはたしか。そしてその変化をすべて飲みこむかのように戦争が勃発、彼らはさらに変身せざるをえない。女流童話作家のフェアリーテールや人形劇など、現実とフィクションの混交に近づく場面が小説としてのふくらみを増しているし、男女の恋愛、危険な秘密の関係、同性愛といったメロドラマの要素もかなりあって楽しめるが、そういう流れが大いに盛りあがったかと思うと「モザイク模様」の中に埋もれてしまい、尻切れトンボに終わっている。それより何より、小さな枝葉が多すぎて子供の成長と変化という大きな幹さえ、なかなか見えてこない。力作ではあるが、どの細部にも力をいれすぎた結果、秀作になりそこねている。英語は語彙的には相当に難易度が高いほうだと思う。
 「秀作になりそこねている」とは一種の euphemism で、要するに、無駄に長すぎる凡作だと言いたかったような気がする。それでも Byatt は力のある作家だと思った。上掲書をざっと拾い読みしただけでも、「詳細をきわめる」「モザイク模様」のような描写が〈ハンパない〉ことがわかる。
 というわけで、彼女が実力を遺憾なく発揮したものと期待できそうな "Possession" は、いつか読みたいものだと前々から思っていた。で、Murdoch の "The Bell" を読んだあと、なぜか Byatt の名前が頭にひらめいた。そうだ、Byatt を読もう!
 じつはまず、"The Virgin in the Garden" (魅力的なタイトルだ) を読みかけたのだが、少なくとも冒頭だけくらべると、"Possession" のほうが取り組みやすい。
 前者はこうだ。'She had invited Alexander, whether on the spur of the moment or with malice aftethought he did not know, to come and hear Flora Robson do Queen Elizabeth at the National Portrait Gallery. He had meant to say no, but had said yes, and now stood outside that building contemplating its sooty designation.' (p.9)
 こうして書き写してみると、ううむ、こちらでもよかったかな、という気もする。ただ、She, Alexander, Flora Robson がどんな人物か明らかになるのにしばらく時間がかかりそうだ。それは小説では当たり前のことで、最初からネタを割る作家など誰もいない。
 一方、"Possession" の出だしはこうなっている。'The book was thick and black and covered with dust. Its boards were bowed and creaking; it had been maltreated in its own time. Its spine was missing, or, rather, protruded from amongst the leaves like a bulky marker. It was bandaged about and about with dirty white tape, tied in a neat bow.' (p.3)
 じつはこの前に詩の引用があるのだがカット。さて、こうしてほぼ同じ分量を比較してみると、"Possession" のほうが The book という一点に的を絞っているぶんだけ、明らかに作品の世界に入りやすくなっている。
 しかも、カットした詩を読むと、'Until the tricksy hero, Herakles, Came to his dispossession and the theft.' という一節があり、タイトルの "Possession" との対比を感じさせる。巧みな引用だ。実際、この詩の出典を探る話があとに続いている。
 というわけで本書を読みはじめたのだが、途中までは☆4つ。ちょうど今、★を1つ追加しようかどうか迷いはじめたところだ。
(写真は宇和島市須賀川。左手のビルがなければ昔とほぼ同じ風景。現在と過去が同居しているような風景だ)。