ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Han Kang の “The Vegetarian” (3)

 本書と、前回レビューを再録した Kyung-Sook Shin の "Please Look after Mom" の点差は★1つ(約5点)。じつはそのレビューを読み返すまで同書のことはすっかり忘れていたのだが、それでも若干、字句の手直しをするうちにハッキリ思い出した。もしかしたら★2つくらい差があるかもしれない。
 端的に言うと、ぼくは "Please ...." のほうに、より強く心を打たれた。日本人であろうと韓国人であろうと、いかなる人間にとっても当てはまる「不滅の真理」が描かれているからだ。「自己犠牲の尊さ」である。
 もちろん、この "The Vegetarian" でも万人共通の真理は取りあげられている。「異変はある日突然やって来る」というものだ。
 これ、ほんとにほんとうです。わが家の異変は最近、愛犬が突如けいれんを起こし、そのあと半身不随になってしまったこと。もっかリハビリ中だが、人間で言えば90歳くらいの老犬なので回復の望みは薄い。脳梗塞ではないかと思う。
 その犬が治らないまま、あしたには家に戻ってくる。入院していても治療効果は期待できないし、費用もばかにならないからだ。ともあれ、まさかこんなに早く介護をしないといけなくなるとは思わなかった。
 これに類する、いやそれ以上に大変な出来事は、職場でも家庭でも、人生のあらゆる局面でいつでも起こりうることだ。そういう意味では、"The Vegetarian" はまさに「不滅の真理」を衝いている。問題は、そのときどうするかだ。
 ミもフタもない話だが、厄介な状況であればあるほど、どうしようもない、というのがこれまた真実である。とんでもない事件に巻き込まれたある友人の話だが、精神科医に相談したところ、3ヵ月たてば、まわりの状況なり、自分の心境なり、とにかく何かが変わる。その「変わる」ということがいいことなのだ、と言われたそうだ。せんじ詰めると、嵐が過ぎ去るのを待つしかない、ということだろう。
 こうしたニッチもサッチも行かない泥沼状態についても、Han Kang はよく書き込んでいる。それが現代人の精神状況なのだ、というメッセージを読み取る人もいるかもしれない。
 だからたしかにこれは秀作である。が、名作になりそこねている点がある。
(写真は、宇和島市勧進橋から眺めた神田(じんでん)川。TVドラマ『きみの知らないところで世界は動く』のロケ地のひとつらしい。ちなみに、原作者はぼくの出身高校の後輩のようだ)