ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Han Kang の “The Vegetarian” (2)

 韓国の作家の作品を英訳版で読むのは、下にレビューを再録した Kyung-Sook Shin の "Please Look after Mom" に次いで2冊目。取りかかる前は少し不安だった。なにしろ、歴史問題や政治問題のせいで彼の国は「近くて遠い国」になりつつある。文学の世界でも同じような状況が生まれているとイヤだな、と危惧していた。
 もっと具体的に言うと、マスコミの報道を信じるかぎり、こと日本人のこととなると、彼らは紋切り型の思考におちいっている人が多いのではないか。どんなふうに考えても自由なのだが、少なくとも文学者たる者、紋切り型はいけません。
 ところが、一部の(と信じたいが)Chi .... 系の作家(伏せ字にした理由は前にも書いたが、こんなマイナーなブログでも情報操作の被害に遭ったことがあるからだ)は、日本人、とりわけ旧軍人にたいして柔軟な態度を取ることができない。なんと日系にもそんな作家がいるようだ。何度も引用しているパスカル箴言によると、「人間は天使でも獣でもない」はずなのに、唯一、日本人だけは完全な悪人扱いしてもかまわない。そう信じ込んでいるかのような文学者が存在するのである。韓国の場合はどうだろうか。
 残念ながら、Han Kang もひょっとしたらそんな作家かも、と思わせるくだりがあった(p.30)。想定内ではあるが、やはり少々気分がわるい。が、さいわい、問題なのはたった1行だけ。あとは安心して読むことができる。
 ところで、きょうはいまも〈自宅残業中〉。中途半端だが、これにておしまい。

Please Look After Mom (Vintage)

Please Look After Mom (Vintage)

[☆☆☆☆] 何度か目頭が熱くなった。自己犠牲の尊さ、献身的な愛の美しさ、わが子を思う母親の偉大さを改めて教えてくれる感動的な物語である。年老いた母親がソウルの地下鉄の駅で突然失踪。以後、その行方を捜す家族がそれぞれの立場から、母親および妻の人生、そして自分の人生を回想する。昔かたぎで頑固な一面もあり、時には厳しく叱りながらも、とにかく愛情豊かに子供を育て、人知れず悩みながら弱音を吐かず愚痴もこぼさず、農作業から何から、家族のために文字どおり全身全霊を捧げてきた母親、そして妻。ひるがえって、自分は今まで何をしてきたのか。現代ではもう、めったに見られなくなったかもしれないが、昔はたしかに存在したにちがいない女性の姿、心の原風景に強く胸を打たれる。自分がやりたいことをやるのではなく、人のために尽くすことが感動を呼ぶ。この不滅の真理を余すことなく描いている点がすばらしい。叙述スタイルにも工夫がほどこされている。家族はほとんどの場合、you と呼ばれ、その意味が終盤、マジック・リアリズムの世界に近づいたとき明らかになる。この技法、このマジック・リアリズムもまた、本書を決して感傷的ではなく、あくまで感動的な物語たらしめているものなのだ。英語は平明そのもので、内容と相まって一気に読み進むことができる。
(写真は、台風通過直後の宇和島市神田(じんでん)川。昔はいつもこれくらい水量が多く、ぼくはこの辺りでおぼれかけたことがある)