ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Joseph O'Neill の "Netherland"(3)

 本書が「文学作品」であるゆえんはずばり、これが人生の意味や価値をめぐる心の彷徨記であると同時に、読者自身に自分の人生をふりかえらせる説得力を持っているからだ。古びたテーマである。しかし読みがいがある。お定まりのテーマを陳腐に感じさせない真摯な書き方だからだ。
 もちろん、「雑感」でも述べたように、本書は「人生の厄介な問題を本格的に採りあげているわけではな」く、これを読んで「意外な真実を知り、知的興奮を覚えるということ」も「あまりない」。たしかに生きがいとは「人生の厄介な問題」のひとつだが、主人公はその問題に正面から取り組み、深い思考を積み重ねているわけではない。ただもう「もがき苦しんでいる」だけ。それゆえ、そこに「知的興奮」は生まれない。人生の苦しみ、それは当たり前のことだ。決して「意外な真実」ではない。
 だが、妻との別居を契機に始まった主人公の苦悩や不安、混乱ぶりは、「イメージ連想法」によってすこぶるリアルに描かれている。人は不幸なときほど、事物の細部に目がとまるものだ。自転車を見て、新聞配達をしていた少年時代を思い出し、代役として新聞を配ってくれた母のことが浮かび、配達を通じて母と知りあった男の姿がよみがえり、母の葬儀で男が述べた言葉を思い起こす。このように回想が回想を呼ぶのもやはり、主人公が「もがき苦しんでいる」からにほかならない。つまり、「思い出に心の傷が重なっている」わけだ。
 そんな主人公の姿に接すると、その目にとまる細部が日常茶飯のものだけに、そう言えば自分も同じような体験をしたことがある、とわが身をふりかえらずにはいられない。作者がどこまで計算して細部を組み立てているかは想像の域を出ないが、読者の共感を呼ぶことも頭にいれながら「思い出の題材」を選んだのだとしたら(たぶんそうだろう)、それこそ「熟練の味」であり、「まさしく純文学である」。(続く)