ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

“In a Strange Room”雑感(1)

 今年のブッカー賞最終候補作のうち、William Hill のオッズによると3番人気の Damon Galgut 作、"In a Strange Room" にようやく取りかかった。ようやく、というのは、7月末に日本のアマゾンに注文していたペイパーバック版がなぜかいっこうに届かず、しびれを切らしてキャンセル。急遽、アマゾンUKからわざわざハードカバーを取り寄せたからである。これでもし、Howard Jacobson の "The Finkler Question" のような駄作だったら泣くに泣けないところだが、さいわい、本書はなかなかいい。
 第2部と第3部の出だしをちらっと読むと、どうやら同じ主人公のべつの話があとに続くようで、分量から判断するかぎり、連作中編集と言ってもいいかもしれない。今日は第1部を読んだだけだが、どうってことのない話なのに心にしみる。直感にすぎないが、本命が Tom McCarthy の "C" だとすれば、これは対抗馬に推してもいいんじゃないかな。
 話はほんとうに単純だ。南アフリカ共和国に住む白人の青年 Damon が旅先のギリシャでドイツ人の若者 Reiner と知りあい、意気投合というほどではないが惹きつけられる。やがて二人は文通を始め、Damon の招きに応じて Reiner は南アフリカを訪問。ぼくは今まで知らなかったのだが、周囲を南ア共和国に囲まれたレソトという内陸国があり、二人はそこの山岳地帯や農村地帯などへトレッキングに出かける。
 その後の展開と結末はいちおう伏せておくが、べつにバラしても問題はないかな、という程度で波瀾万丈の物語ではない。二人の男はいわば不即不離の関係にあり、おたがいの私生活には首を突っこまないし、それを披瀝することもない。まして信条や信念を語りあうこともないが、なぜか相手の存在が気にかかる。ホモか、と思える微妙なくだりもあるが、明言はされない。
 ともあれ、二人が行動を共にするうちに最も強烈な印象を与えるものは、沈黙と静寂である。そこにふっと、孤独や疎外感、疲労感が漂い、また不安や緊張が走り、旅の相手に対する愛と怒り、憎しみといった複雑な思いも交錯する。静かに、かつ微妙に揺れ動く心理が沈黙の底に流れている。男と男、人と人が出会うとき、そこにはどんなドラマが起こるのか、あるいは起こらないのか。第1部は、自分の人生にからめてそんな感慨にふけってしまう作品である。