ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Eva Stachniak の “The Winter Palace” (3)

 「ロシア皇帝エカチェリーナ2世の波乱に富んだ半生を、その女密偵ワルワラの目からとらえた宮廷歴史小説」――おとといのレビューの書き出しだが、ぼくは本書を読みながら、そもそも「ワルワラの目からとらえ」るという設定自体が誤りなのではないか、と思った。
 ワルワラはもともとポーランド娘で、縁あってロシアの宮廷に仕え、やがて大宰相ベストゥージェフに密偵としての才能を認められ、エカチェリーナの危機を救ってその腹心の友となる。同じポーランド出身の作者としては感情移入しやすい設定だったのかもしれないが、この友人という立場のせいで、エカチェリーナの私生活が前面に押しだされてくる。その結果、裏話や楽屋話的な興味こそあるものの、エカチェリーナがなぜ皇帝の座にのぼりつめることができたのか、という公人としての肝心な点がぼやけてしまっている。しかも、友人の目でながめたエカチェリーナはかわいらしい、いじらしい愛すべき女性。ほんとうにそうだったのかな、という疑問がわいてくる。ぼくの勝手な想像だが、「実際はもっと強烈な個性の持ち主だったのではないか」。
 ともあれワルワラは、エカチェリーナを私生活というミクロの視点からしかとらえていない。対象に近づきすぎて歴史のダイナミックな動きが見えなくなったのだ。しょせん密偵ということかもしれないけれど、それにしてもここにはマクロな視点、つまり「主人公を取り巻く政治や社会情勢、さらには国際情勢などの見方、簡単に言えば歴史観」がほとんど認められない。これは要するに歴史観の希薄な歴史小説なのである。
 せめて『三銃士』のような冒険小説、歴史ロマンであれば救われるのだが、せっかく密偵が登場するというのに、その密偵が「身の危険にさらされることもなくサスペンスに乏しい」。それゆえ、文芸エンタメ路線としてもさほど楽しめない。結局、魅力的な表紙に惹かれた今回の「見てくれ買い」、またまたカワイコちゃんには気をつけろ、ということになってしまいました。