相変わらず公私ともども多忙。きょうまで、本書について「少し考えたこと」を補足する時間さえなかなか取れなかった。
さて、前回は「人間存在」「魂」「官能」の3語が "The Perfection of a Love" と "The Temptation of Quiet Veronica" のキーワードである、というところで終わった。引用部分からもわかるように、この3語にかかわる描写は微にいり細をうがち、それはそのままテーマにたいする作者の関心の深さを物語っている。Musil にとって、人間という生き物はよほど興味ぶかい存在だったにちがいない。
しかもそれは固定した存在ではない。「千変万化する人間そのもの」。これこそまさに Musil が捉えた人間の姿なのである。
そして恋愛は、その変化をもたらす「ほとんど触媒にしか過ぎない」。あえて図式的な見方をすれば、"The Perfection of a Love" では恋人たちの出会い、"The Temptation of Quiet Veronica" ではその別れが描かれている。よくある話だ。
しかしながら、「出会いと別れは恋人たちにとって、じつは最高の瞬間なのかも知れぬ。つかのま、彼らの存在はその根底から変容し、細胞のひとつひとつ、神経の末端にいたるまで刻一刻と変化する。その複雑なありようを、絶え間のない揺らぎを余すところなく文字で捕捉せんとする試み。それがこの2編なのだ」。
とすれば、恋愛こそじつは、「千変万化する」という人間存在の本質が明白になる事件なのかもしれない。それゆえ Musil は恋愛を「触媒」としながら、「本来、言語では表現しえぬ心の領域」、すなわち人間の魂の奥底まで踏みこもうとしたのではあるまいか。「なるほど、こんな恋愛小説もあったのか」と思うゆえんである。