ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

"Fates and Furies" 雑感 (1)

 恋愛にはじつは、前回までざっと書いてきたこと以外にも重大な問題がある。D. H. Lawrence の "Apocalypse" の邦題(福田恆存訳)を借用すると、「現代人は愛しうるか」という問題である。
 が、これについて詳しく論じる時間はない。その代わり、Lawrence の "The Rainbow" と "Aaron's Rod" の昔のレビューを再録しておこう。

The Rainbow: Cambridge Lawrence Edition (Penguin Classics)

The Rainbow: Cambridge Lawrence Edition (Penguin Classics)

  • 作者: D. H. Lawrence,James Wood,Mark Kinkead-Weekes,Anne Fernihough
  • 出版社/メーカー: Penguin Classics
  • 発売日: 2007/07/11
  • メディア: ペーパーバック
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[☆☆☆☆] 21世紀の日本で20世紀は英国のロレンスを読むと、彼我の差を痛感せずにはいられない。早い話が、本書は出版当時、「猥褻本」として発禁処分になったことで有名だが、いくらその理由とおぼしき描写を探しながら読んでもピンとこない。それどころか、こと恋愛に限らず、人間の魂と魂が激突する際に生じる、火花を散らすような白熱した詩的表現に、ただただ圧倒されるばかり。この凄まじい迫力は当然ながら、曖昧な和合を是とする、弛緩した我々の文化とは縁もゆかりもない。そこには恐らく、人間を決定的に分裂した存在と見なす深い絶望と、その絶望と等量の、いやそれ以上に激しい愛の希求、つまり猛烈な理想主義があるのではないか。その意味で、『虹』とは言い得て妙のタイトルだと思う。英語はロレンスにしては読みやすいほうだ。腕試しに一読をお薦めする。
Aaron's Rod: Cambridge Lawrence Edition; Revised (Classic, 20th-Century, Penguin)

Aaron's Rod: Cambridge Lawrence Edition; Revised (Classic, 20th-Century, Penguin)

[☆☆☆☆] 男女の恋愛というと、日本人にはホレたハレたのたぐいに過ぎないが、ロレンスの場合はもうまるで次元が違う。人間存在の根源にある魂の問題として、人は愛において個人たりうるのか、そもそも人は愛しあえるのか、と訴えかけてくるからだ。こう書くと本書は何やら観念的な小説のようだし、事実、後半ほど哲学論議が活発にかわされる。が当初、主人公の男が住むイギリスの小さな炭坑町、男が家を飛び出して向かったロンドン、さらには旅先のイタリアと場面は変わっても、男が周囲の人物とかわすのはにぎやかな雑談ばかり。明らかに観光小説的な側面を持つイタリア篇では、時に脱線が過ぎるのではと思えるほどだ。しかし話はめぐりめぐって本質論が始まる。男はなぜ妻子を捨てたのか。行きずりの女に恋をしたあと自己嫌悪におちいったのはなぜか。男自身の述懐と、ロンドンで知りあった作家との対話が重要である。愛が自己犠牲を要するなら、愛とは自己の死にほかならない。愛は相手の心を支配しようとする戦いだ。自分が自分でありながら、同時に相手と一体になることはついに不可能なのか。こんな発言や問答を生みだす文化は日本には存在しない。これはやはり、神の愛、キリストの愛という絶対的な愛の洗礼を受け、そこから人間の愛の本質について考えざるをえなかった文化の小説である。自己を保とうして「愛の強制」を逃れた男が、イタリアで不死鳥のように愛をよみがえらせ侯爵夫人と関係する。このあたり、ロレンスならではの詩的表現にあふれ、火花の散るような英語だ。愛を魂の問題、内面検証の一環としてとらえ、人がそれぞれ唯一無二の存在である証しとして自己を見つめ、言葉では説明し切れぬ心の暗部に潜む情熱や、生の力まで読者に示そうとするロレンス。その恋愛観、人間観に接すると、現代小説ではまず味わえなくなった知的昂奮を覚えずにはいられない。

 ところで、いまは Lauren Groff の "Fates and Furies" を読んでいる。これは周知のとおり、昨年の全米図書賞と、今年の全米書評家協会賞(対象はともに2015年の作品)の最終候補作だ。
 途中、"The Sound and the Fury" の話が出てきたので(p.118)、あ、そうか、Faulkner の小説と同じく、これもシェイクスピア劇が元ネタの題名かなと思ったが、ネットで検索するかぎり、どうもそうではないようだ。調べているうちに、本書はなんと、オバマ大統領が2015年のお気に入り作品に選んでいることがわかった。
 2部構成で、第1部が "Fates"、第2部が "Furies" とそれぞれ題されている。後半のほうがおもしろいような気がする。
(写真は、宇和島市寺町界隈の終点にある伊達家の菩提寺金剛山大隆寺の庭。南国らしい風景だ)