ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Robert Musil の “Five Women” (1)

 もう10日以上も前に Robert Musil の英訳短編集 "Five Women" を読了していたが、公私ともども諸般の事情で忙しく、きょうまでレビューを書く時間が取れなかった。早くもだいぶ記憶が怪しくなっているが、メモを見ながらがんばってみよう。

Five Women (Verba Mundi)

Five Women (Verba Mundi)

[☆☆☆★★★] 全5話のうち最初の3話は、ミステリアスな雰囲気につつまれたフォークロア風の奇談のおもむきがある。メタフィクションというほどではないが夢と現実が交錯するなか、微妙な間接描写を通じて愛と妄執、妄想が進行。やがてそこに死が訪れる。そんな愛の姿に興味を惹かれるが、全編の白眉はなんと言っても「愛の完成」と「静かなヴェロニカの誘惑」だろう。出会いと別れは恋人たちにとって、じつは最高の瞬間なのかも知れぬ。つかのま、彼らの存在はその根底から変容し、細胞のひとつひとつ、神経の末端にいたるまで刻一刻と変化する。その複雑なありようを、絶え間のない揺らぎを余すところなく文字で捕捉せんとする試み。それがこの2編なのだ。「存在の根底」とはしばしば形而上的な、その一方、じつは空疎な内容を指すこともあるが、両作の場合、それは官能的な感覚でとらえられた人間の魂である。本来、言語では表現しえぬ心の領域をすこぶる官能的、感覚的な言葉によって表現した結果、初めて示される人間存在である。あえて分類すれば恋愛小説だが、恋愛はむしろ二の次三の次、ほとんど触媒にしか過ぎない。それをきっかけに千変万化する人間そのもののほうに作者の関心は向けられている。この意味で両作は、「哲学的恋愛小説」と呼んでも差しつかえないだろう。おそらく原作の文体を忠実に再現したものと思われる晦渋な表現が連続し、英訳本としては相当にむずかしい英語である。