ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Hilary Mantel の “The Mirror & The Light”(4)と Wolf Hall Trilogy

 そろそろ、まじめに落ち穂拾いをしておこう。Mantel を読むのはこれで3冊目。しかも前作から8年もたっているとはいえ、3部作の最終巻とあって馴じみやすく、すぐに作品世界に入っていくことができた。
 と同時に、前2巻の場合とはちがった観点から考える余裕もあった。この歴史小説を読む意義はなんだろう。東洋の島国の読者にも、なにか得るものはあるのだろうか。
 イギリス人なら、その意義はすぐにピンと来るはずだ。国際情勢、なかんずく大陸諸国との関係は、昔から国内政治に大きくかかわっていたのだなと、EU離脱問題と重ねあわせて実感するだろうし、スコットランドイングランドとはべつの王国であった時代の物語とくれば、いやでも最近の独立問題が頭をよぎる。ヘンリー8世の横暴ぶりについてはイギリス人なら先刻承知だが、そういえばいまの王室にもスキャンダルがあったぞと思い出す。
 そうした現代の問題を意識しながら Mantel が本書を、この3部作を書いたかどうかは定かではない。少なくとも、ぼくにはそう思える。これを読んで今日の状況を連想するかどうかは読者次第。そんなスタンスではないだろうか。
 ただ、レビューにも書いたが、「当時の、ヨーロッパの宮廷を通じて、最高のインテリのプリンスといわれたヘンリー」(森護著『英国王室史話』)という側面については、本書だけでなく3部作を通じて、それほどうかがい知ることはできない。王妃を身勝手な理由で何人も取り替え、重用した側近をこれまた身勝手に何人も処分する、というイメージがあまりに強すぎるせいか、大いに理知的な面もある人物だったとはとても思えないのだ。そこに Mantel の意図を読み取ることができるかもしれない。
 一方、本書を読んで、人生いかに生きるべきか、というヒントがなにか得られないだろうか。これも読み手次第だろうが、ぼくはつぎの言葉にいちばん感銘を受けた。If a man should live as if every day is his last, he should also die as if there is a day to come, and another after that.(p.869)レビューに引用した箇所である。将来、イギリスが本書の時代のようにまた分裂するのでは、という予測もあるそうだが、このくだりにそんな予測が反映されているのかどうか。そう考えるのも深読みでしょうな。
 それはさておき、そうした意義や教訓探しは興ざめとも言える。物語性という点では第1巻が抜群に面白く、あとはまあ流れでつい読んでしまう、というのが洋の東西を問わず、大方の文学ファンの受けとめかただろう。
 個人的には、天皇制の問題を考えるヒントがつかめないか、とも思ったのだが、これはみごとに当てはずれ。天皇は政治に関与しない、国民も天皇を政治利用しない、というのがやはり正解だと実感したくらい。あ、それから、男系存続にこだわる国王がいたことは憶えておいていいと思う。
 あだしごとはさておき、以下、Wolf Hall Trilogy のレビューを載せた記事を列挙しておきます。

1."Wolf Hall"(2009 ☆☆☆☆★)ブッカー賞受賞作 

2."Bring up the Bodies"(2012 ☆☆☆★★)ブッカー賞受賞作 

3."The Mirror & the Light"(2020 ☆☆☆★★)女性文学賞最終候補作