ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Hilary Mantel の “Bring up the Bodies” (1)

 父の四十九日の法要その他で、明日からまたしばらく帰省することになった。分厚い本をかかえて旅行するのは大変なので、仕事の合間を縫って突貫工事。なんとか Hilary Mantel の "Bring up the Bodies" を読みおえた。09年のブッカー賞受賞作、"Wolf Hall" の続編である。さっそくレビューを書いておこう。

[☆☆☆★★]『ウルフ・ホール』三部作の第二作。今回の柱は、ヘンリー8世の新王妃アン・ブリーンが男子の世継ぎを産めず、処刑されるというおなじみの大事件。前作同様、宮内長官トマス・クロムウェルの立場から綴ったもので、前王妃キャサリンの他界、アンの流産、ヘンリーと女官ジェイン・シーモアの密通と、なんのケレンもなく史実どおりに進む。間然とするところのない構成で緻密な描写も健在だが、前作とちがって裏話、楽屋話の楽しさが影をひそめたのは残念。途中の山場も少ない。クロムウェルは相変わらず冷静な観察力と交渉術にたけ、カネを武器に各要人のあいだを自在に動きまわり、身勝手な国王の願望実現のために尽力する。が、そのしたたかな現実主義のおもしろさは二番煎じの感を否めず、また、トマス・モアの理想主義という対立軸をうしなったぶん、作品全体に深みが欠ける結果ともなっている。とはいえ、クロムウェルがアンの「愛人たち」を尋問するあたりから大いに盛りあがり、アンの処刑場面はもちろんリアルで凄惨。新味としては、本書がクロムウェルの庇護者トマス・ウールジを失脚に導いた張本人たちへの復讐劇となっている点だろうか。クロムウェル自身の最期を予感させるくだりもあるが、国王に翻弄される現実主義者のはかなさは次作のお楽しみ。佳篇だが結局、三部作のつなぎでしかない憾みがある。