ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Avni Doshi の “Burnt Sugar”(1)

 今年のブッカー賞最終候補作、Avni Doshi の "Burnt Sugar"(2019)を読了。さっそくレビューを書いておこう。 

[☆☆☆★★★] 聖書では新しい酒は新しい革袋にいれることになっている。が小説の場合、古い革袋に盛ったおかげで美酒になることもある。認知症は小説の題材としては、いまや古い革袋かもしれない。そこへ本書のように、介護者の人生中心のアプローチを導入すると、たとえその人生が古い酒であっても新酒に感じられ、袋もまた新しくなる。ここで変質の鍵は、エゴイズムにある。主人公アンタラは少女時代からわが子の出産後まで、母親の認知症の進行状況とあわせ、たえず自分の、母親の、親しい人びとのエゴイズムを見つめ、そのエゴとエゴの対立を目撃している。なにより秀逸なのは、精緻な自己観察と激しい内的葛藤である。彼女が素描画家であるだけに自然な設定だ。また認知症の基礎知識がたんなる紹介にとどまらず、母と娘の関係に劇的な変化を生む伏線となっている点も巧妙。おなじみの母娘の確執が、いまはじめて読むかのように新鮮だ。ふたりが愛しあっているのはいうまでもないが、愛とはエゴイズムなしには成立しえぬもの。そのことを浮き彫りにするのも介護問題だとあらためて知らされる。以上、ほとんどどの点においてもけっして新しくはないのに斬新な秀作である。