ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

"Burnt Sugar" と "Fortune Smiles" 雑感

 きのう Adam Johnson の "Fortune Smiles"(2015)を読んでいたら、今年のブッカー賞最終候補作のひとつ、Avni Doshi の "Burnt Sugar"(2019) がやっと届いた。さっそく乗り換えて読みはじめると、なかなか面白い。I would be lying if I said my mother's misery has never given me pleasure.(p.1)という冒頭の一文からして、以後の内容をじゅうぶん期待させ秀逸。
 いまのところ、舞台はインドの Pune(プネー)。ボンベイ(ムンバイ)から車で6時間ほどかかる街らしい。ぼくはたまたま、おととい、おなじくインドが舞台のジャン・ルノワール監督作品『河』を観たばかり。急に親しみをおぼえた。
(ジャンは周知のとおり画家ルノワールの次男で、この映画も鮮やかな色彩が目玉のひとつだが、大昔観た日本版DVDは画質がイマイチだった。ところが、今回観たクライテリオン版ブルーレイのほうは文句なくすばらしい)。 

  "Burnt Sugar" の冒頭では、上の「私」が夜間、母親と同居するメイドから、母親の異変(アルツの前兆)を電話で知らされる場面がつづいている。これも最近観たばかりのベルイマン監督作品『鏡の中の女』にも、おなじような夜の電話シーンが出てきた。だからぼくの頭のなかでは、本書の「私」は、『河』のラーダと『鏡の中の女』のリヴ・ウルマンが入り混じったような女性になっている。
 Avni Doshi は1982年ニュージャージー生まれの新人作家で、"Burnt Sugar" はデビュー作とのことだが、Adam Johnson のほうはご存じピューリツァー賞作家。2013年の受賞作 "The Orphan Master's Son"(2012)はめちゃくちゃ面白かった(☆☆☆☆)。

 一方、ひと休みすることになった "Fortune Smiles" は、2015年の全米図書賞受賞作。全6編の短編集で、今年のブッカー賞最終候補作が手元に届くまでの〈つなぎ〉として、いつにもまして超スローペースで読んでいた。
 第1話 "Nirvana" は、介護問題という古い革袋に、最先端のコンピュータ技術という新しい酒を盛った話。シリコンバレーの北端、パロアルト市に住むプログラマーが、暗殺された米大統領の3D映像化に成功。それもただの映像ではなく実物のように目の前に現れ、人と会話することもできる。このプログラマーの妻がギランバレー症候群を患い寝たきり生活、何度か自殺を口にする。さて技師はどうするか。新しい酒の盛り方がうまく、☆☆☆★★。なお、上の大統領は暗殺の状況からしケネディではないが、ケネディがモデルのような印象も受ける。
 第2話 "Hurricane Anonymous" はルイジアナ州のレイクチャールズが舞台。ハリケーンで被災した人びとがキャンプ生活を送っている。主人公は配達業者の Nonc で、彼は元カノが残していった幼児の世話をする破目に。そこへ現在の彼女が言い寄ってくる。一方、Nonc の父親はロスで死の床にあり、Nonc は幼児への愛と父親への愛に引き裂かれる。ロスへ子どもを連れて行けない事情があるからだ。この子、ぼくの初孫ショウマくんと同い年とあって、なんとなく他人ごととは思えず、☆☆☆★★。
 第3話 "Interesting Facts" の主人公は、ピューリツァー賞作家を夫に持つ作家志望の妻。彼女は乳がんのため両側乳房切除術を受け、死を覚悟している。夫は the biggest lunkhead ever to win a Pulitzer Prize(p.106)で、実際アホな男のように描かれているが、受賞作は上の "The Orphan Master's Son" とおなじく北朝鮮が舞台。ひょっとしたらこれ、作者の Adam Johnson が実生活をもとに思いついた話かもしれない。コミカルなタッチながら読後余韻ののこる佳作で、☆☆☆★★。
 第4話 "George Orwell Was a Friend of Mine" には泣けた。☆☆☆☆を進呈したい。旧東ドイツ秘密警察シュタージの元刑務所長が主人公。その経歴がもとで妻と別居中。心穏やかでない老後生活を送っていたところ、刑務所跡の博物館を取材で訪れることになる。元服役囚のツアーガイドとの対決が圧巻。この話については、レビューを書く前にじっくり考えてみたい。