ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Adam Johnson の “Fortune Smiles”(1)

 ゆうべ、Adam Johnson の "Fortune Smiles" を読了。2015年の全米図書賞受賞作である。さっそくレビューを書いておこう。 

Fortune Smiles: Stories

Fortune Smiles: Stories

  • 作者:Johnson, Adam
  • 発売日: 2016/11/17
  • メディア: ペーパーバック
 

[☆☆☆★★] 全六話の短編集で、評価は平均点。第四話「ジョージ・オーウェルはわたしの友人だった」が抜群にいい。旧東ドイツ国家保安省シュタージの元刑務所長が、刑務所跡に設置された博物館を訪れ、元服役囚のツアーガイドと息づまる対決。拷問や虐待は実際に行われたのか否か。どちらの主張も正しく思える。消滅した母国への挽歌に、別居中の妻への切ない思いが重なり、胸をえぐられる。西側一辺倒の書きかたでないのは表題作の最終話もおなじ。ソウルに住む脱北者が自由を享受する一方、北への郷愁にかられ、南の若者の軟弱ぶりを慨嘆。この二篇からうかがえるのは、相反する価値観、矛盾した感情を同時に有するのが人間という複眼思考である。いたいけな幼児と、死の床にある父親の双方への愛情に引き裂かれる男の物語にしても、矛盾や葛藤こそ人生という人間観から生まれたものだろう。第一話では、介護問題という古い革袋に、最先端3Dホログラムという新しい酒が盛られ、異色の組みあわせがみごとに奏功。複眼思考の持ち主ならでの作品である。一方、どの話でも「決断の瞬間」が描かれている。あれこれ思い悩みながら、最後にはひとつの道を選ばざるをえない。人間存在の本質を見すえた好短編集である。