このところボチボチ読んでいた2004年のブッカー賞最終候補作、David Mitchell の "Cloud Atlas" をやっと読了。さっそくレビューを書いておこう。
[☆☆☆☆★] 人類に果たして進歩は、未来はあるのか。いまや文学的にも陳腐とさえ思える古典的なテーマだが、それが鬼才ミッチェルの手にかかると、すこぶる独創的な物語に早変わり。絢爛豪華な衣装と意匠に目がくらみ、テーマが雲間にかすんでしまいそうなほどだ。「クラウド・アトラス」とは、書中の若い作曲家が書いた六重奏の曲名だが、転じて本書は、六つの主題と12楽章からなる壮大なメタフィクション。19世紀中葉のポリネシアから20数世紀のハワイまで、ひとつの小説的現実がそれぞれ独立しながら互いに関連しあい、ほかの章では完全なフィクションとして紹介されるなど、まさに時空を超えた奇想天外な小説である。内容もボリューム満点で、海洋綺譚、愛と音楽の青春小説、原発がらみの冒険スリラー、老人ホームをめぐるドタバタ喜劇、オーウェル的なディストピア小説、文明崩壊後の終末テーマSF。なかでも、陰謀と殺意の渦まくスリラー篇は二転三転、エンタテインメントとしても最高の仕上がりだ。ふたつのSF篇もサスペンスに満ちて上々。あまりの面白さに幻惑されテーマも忘れそうになるが、上の六重奏曲の主題が世界の終末であり、掉尾を飾る海洋綺譚も人間の進歩を扱っている点を考えると、要するに「未来はあるのか」。意外にも、新しい革袋に盛った古い酒である。古典的テーマから、かくも斬新なメタフィクションを創りだした鬼才のイマジネーションには、ただもう呆れるばかりである。