ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Percival Everett の “The Trees”(1)

 今年のブッカー賞候補作、Percival Everett の "The Trees"(2021)を読了。Everett (1956–)は1983年に "Suder" でデビュー(未読)。短編集もふくめ20冊以上の作品を発表しているヴェテラン作家で、南カリフォルニア大学の教授でもあるそうだ。さっそくレビューを書いておこう。

Trees

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[☆☆☆★] アメリカにおける人種差別を扱った小説は、こんごも永久に書きつづけられるかもしれない。さほどに差別は重大かつ古くて新しい問題なのだというわけだが、作品そのものとしては、よほど斬新な工夫がほどこされていないかぎり、テーマの重大性だけで高く評価することはできない。その点、本書は前半合格、後半不合格。1955年、ミシシッピ州の田舎町マネーで実際に起きた黒人少年のリンチ殺人事件を背景に、事件関係者とその子どもたちが21世紀の現代でつぎつぎに惨殺(ひとりはショック死)。猟奇的な犯行で、同時に発見された黒人の死体がモルグから消失するといった不可解な状況もつづく。一方、保安官や警官など、どの人物同士の会話も皮肉たっぷりでクスっと笑わせ、中盤までよく出来たユーモア怪奇小説のおもむきだ。ところが後半、同様の事件が全米各地で発生するようになると画一的な描写が頻出。「斬新な工夫」と思えた怪奇現象のタネ明かしがされるでもなく、白ける。前半のユーモアも影をひそめ、なにより、憎悪には憎悪を、暴力には暴力を、という報復律のみでおわる点がいただけない。現実には報復律の超克は至難のわざだが、超克の試みがあってこそ深い内的葛藤が、つまりは一流の文学が生まれるのである。