ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Audrey Magee の “The Colony”(1)

 きのう、Audrey Magee の "The Colony"(2022)を読了。既報のとおり今年の George Orwell Prize の最終候補作だが、いまチェックすると、もっかイギリス現地ファンのあいだでは、今年のブッカー賞ロングリスト入選が最有力視されている。Audrey Magee はアイルランドの女流作家で、2014年の女性文学賞最終候補作 "The Undertaking"(未読)でデビュー。"The Colony" は第2作である。さっそくレビューを書いておこう。

[☆☆☆☆] 感服した。この静寂、この緊張、ただごとではない。しかもそこに深い意味がこめられている。舞台はアイルランド最果ての小島。荒涼とした風景に波の音と鳥の啼き声がひびき、静けさがつのる。島を訪れたイギリスの画家ロイドと、宿泊先の息子ジェイムズがそれぞれ絵筆を走らせ、ふれあう。話題のひとつはゴーギャンの名画『我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか』。分断と対立が激化した今日、人類にとってますます重みを増しているこの根源的な問いが、本書の静寂と緊張の背景にあるといっても過言ではない。同じく島に滞在しているフランスの言語学者マッソンはアイルランド語の消滅を危惧。英語の一般使用、さらにはイギリスによるアイルランド植民地化をめぐってロイドと議論するが、じつはロイドもマッソンも、心のなかでは矛盾と葛藤に引き裂かれている。ジェイムズ少年も、彼の母マレードもまたしかり。それゆえ彼らがかわす静かな会話には終始一貫、内面的な分裂と、おたがいの立場の相違から生まれる緊張感がみなぎっている。そこにユーモアと皮肉もまじる絶妙な話芸は、思わずため息が出るほどだ。おりしも時代は1979年、アイルランド本土ではIRAやアルスター防衛協会などによるテロ事件が頻発し、報復の応酬がくりひろげられている。「どう考えたらいいのかわからない」とジェイムズの祖母はいう。上の根源的な問いへの答えのひとつだが、もうひとつはジェイムズの画風。ものごとを単独の視点から固定的にとらえるのではなく、すべてを変化・発展する連続した平等の存在としてながめる。危機の時代を生きるそんな知恵も読みとれる本書の静寂と緊張は、ロイドたちの流れるような独白とあいまって、「ただごとではない」。傑作である。