ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Audrey Magee の “The Colony”(4)

 今年のブッカー賞ショートリストの発表が迫ってきた(ロンドン時間今月6日)。現地ファンの下馬評では、相変わらず "The Colony"(☆☆☆☆)が1番人気。ロングリスト発表前からの勢いがずっとつづいている。
 ほかの候補作のうち、ぼくがこれまで読んだのは、"Small Things Like These"(☆☆☆★★★)と、"Treacle Walker"(☆☆☆★)の2冊だけ。それからいま、"The Trees" を読んでいるところ。人種差別がテーマの怪奇ユーモア小説とでもいうか、けっこう面白い(暫定評価は☆☆☆★★くらい)。
 その面白さを詳しく説明すると長くなりそうなので本題に移ろう。(2)では、ゴーギャンの名画 "Where Do We Come From? What Are We? Where Are We Going?"(下の絵)が本書で言及されていること、(3)では、北アイルランド問題にかんし、曲がりなりにも平和な現在ではなく、テロ事件の頻発していた1979年当時が本書の背景になっているため、結果的に、ウクライナ侵攻をはじめ、世界各地で紛争の絶えない現代の状況を連想せざるをえないこと、を指摘した。

 まずゴーギャンの件だが、これは本書の舞台、アイルランド最果ての小島を訪れたイギリスの画家 Lloyd と、宿泊先の息子 James 少年がかわす会話のなかで出てくる。Lloyd は自分を the Gauguin of the northern hemisphere になぞらえ、島で描いた自分の作品に上のゴーギャンの問いがこめられているのだという。The questions he [Lloyd] poses are about Ireland. About us. About the British relationship with Ireland. The former British colony of Ireland. Lloyd, like Gauguin, is prodding at the questions still unanswered of how we exist together on this earth, ....(p.333)
 この the questions still unanswered of how we exist together on this earth が「テロ事件の頻発していた1979年当時」だけでなく、「曲がりなりにも平和な現在」でも still unanswered であることはいうまでもない。そして how we exist together on this earth という問題は、イギリスとアイルランドだけでなく、ロシアとウクライナにもかかわっていることも明白だろう。
 さて James は Lloyd に絵の手ほどきをうけ、次第に Lloyd もうらやむほどの才能を開化。Lloyd は James の画風をこのようにとらえている。From the beginning, the boy's work reminded Lloyd of the ancient Chinese artists who painted in a linear style that gave equal representation to all, to people, to animals, to spirits, a perspective abandoned in European art in the Renaissance, when the linear narrative .... was abandoned to allow the artist to focus instead on a single point, a single person, creating a dominant position in the painting. A dominant position in society.(p.332)そして Lloyd は the more egalitarian roots of the naive period(ibid.)への回帰を訴える。
 a dominant position in society とは、まさにあの国の大統領みたいだけど、それはともかく一連の文脈からして、このくだりは明らかに、上の the questions still unanswered of how we exist together on this earth へのひとつの答えになっている。「ものごとを単独の視点から固定的にとらえるのではなく、すべてを変化・発展する連続した平等の存在としてながめる。危機の時代を生きるそんな知恵も読みとれる」とぼくはレビューでまとめた。

 一方、アイルランド本土のテロ事件について、James の母 Mairéad と祖母の Bean はこのように話しあう。It's going mad up there, Mam./ It is, Mairéad. Attacking and killing their own./ .... I don't know what to think any more, Mairéad.(p.339)
 この Bean の感想も上の問いにたいする答え、というか反応のひとつだろう。こうした反応は一般に、戦争やテロに直面した多くの人びとが示すものだ。これと上の「生きる知恵」との対比もまた、本書の「ただごとではない静寂と緊張」にふくまれているのである。
 もちろん、戦争の問題だけが本書の内容ではないのだが、それを度外視して本書について語ることができないのもまた事実だろう。