さすがに最後はミステリだなと思った。幼児を連れた女が失踪するのが主筋だが、真相はなかなか明かされない。ごく当然の話で、そのほうがサスペンスが盛りあがるに決まっている。…とは分かっていても、それまで各人物同士の接触をその過去と重ねあわせながら描き、それぞれの人生を浮かびあがらせるという、いわば文学的なアプローチが採られてきただけに、終幕の展開は通常のミステリそのものと言わざるをえない。
だからよくない、と言うのではない。終盤近くまでかなり純文学に傾斜しているけれど、最後はミステリらしい。本書はそんな作品だ、ということなのだ。
そういう主筋の大きなサスペンスは別にして、小さなサスペンスの演出は終始一貫、呆れるほどうまい。固有名詞ではなく、代名詞を使って人物の動きを提示する。当然、これは誰だろうという疑問が生じ、その場面に緊張感が生まれる。こんな手法が最後まで用いられている。
それから、数多くの人物の出し入れが絶妙。幾筋もの話の流れが錯綜しているが、決して混乱はしていない。視点を変えて同じ場面を描くというおなじみの技法も適度に使われ、非常に変化に富んだ展開となっている。
…などなど、これほど小説技術にたけた作家の作品を読むのはひさしぶりで、とても楽しかった。結末から判断すると、Kate Atkinson はどうやら Jackson Brodie シリーズを継続させるつもりのようだが、ぼくとしては、その技術をクライム・ノヴェル以外にも発揮してもらいたい…などと、泡沫ブログで書いても仕方がないか。