ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Laurent Binet の “HHhH” (1)

 Laurent Binet の "HHhH" を読了。今年の全米批評家協会賞の最終候補作で、2010年のゴンクール賞新人賞の受賞作でもある。さっそくレビューを書いておこう。

HHhH

HHhH

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[☆☆☆☆★] 従来のナチス物、ホロコースト物の定型を打ちやぶった画期的な作品。そのゆえんは、ひとえに叙述スタイルにある。1942年、プラハで実際に起きたゲシュタポの最高司令官ラインハルト・ハイドリヒ暗殺事件を扱っているが、作者はまず細部にわたって史実かどうかを検証。同時に、その結果を小説化していくプロセスも検証し、虚構と現実を可能なかぎり峻別しながら、最終的にはノンフィクション・ノヴェルともいえる歴史小説を完成させている。その過程はまさに歴史との対話、自作小説との対話であり、ふたつの対話を通じて、上の暗殺が、いまそこにある事件として語られ、事件と平行して小説が、いまそこで生まれつつある作品として書き進められる。この結果、序盤で事件のあらましが紹介されているにもかかわらず異様な迫真性とサスペンスが醸成。一方、各人物は文学作品のキャラクターとしてではなく、当時はもちろん、現在もなお生きている人間として登場する。それはすなわち、ナチスの犠牲になった人びとへの尊崇の念の表明であり、本書は彼らに捧げられた鎮魂歌にほかならない。読む者の魂をゆさぶる感動作である。