ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

"The Cellist of Sarajevo" 雑感(2)

 今日も「自宅残業」で忙しかったが、それでもこの "The Cellist of Sarajevo" が面白くなり、けっこう読み進むことができた。文体は力強くて歯切れよく、内容と相まって緊張感あふれるもので好感が持てる。
 題名になっているチェリストだが、彼は毎日同じ時間に、砲撃で多くの市民が死亡した現場でアルビノーニアダージョを演奏する。その意図は今のところ明示されていないが、演奏を聴きに市民が集まり、その音色に心を奪われる。チェリストを殺そうとした敵の狙撃手は引き金を引かず、市民の一人は平和な家庭生活を夢想する。戦場の街に流れるアルビノーニアダージョ。このシーンはかなりいい。
 本書で描かれる戦争の現実として特徴的なのは、おそらくサラエボ包囲戦の史実に即しているのだろうが、狙撃という対人攻撃が日常化しているため、集団行為である戦争が同時に個人的行為としての色彩を強めていることだ。水やパンを手に入れようと街に出た市民が路上で狙撃の恐怖におののき、実際に被弾する。相手は何のために自分を殺そうとするのか。良心の呵責は覚えないのだろうか。
 逆に、目の前で知人が撃たれて重傷を負ったのに、恐怖のため一歩も動けなかったとか、仲の悪い隣人のためにどうして命がけで水を汲みに行く必要があるのかと思い悩む話など、ここでは戦争における良心の問題がさまざまな形で描かれている。
 一方、女狙撃手はチェリストの警護を命じられ、相手の狙撃手と対峙する。二人の駆け引きはサスペンス満点で、『ゴルゴ13』や『ジャッカルの日』のような味わいもあってかなり読ませる。が、いちばん興味ぶかいのは、相手を殺すことを正当化する理由は誰が決めるのか、という女狙撃手の自問。やはり良心の問題である。
 …とまあ、けっこう美点はあるのだけれど、ただし昨日も書いたように、「特に目新しさは感じられない」。チェリストの話を除けば、どの要素も「戦争小説では定石」と言えるからだ。傑作や秀作ではないが、ちょっとした佳作といったところだろうか。