ゴールデンウィーク中、仕事のあいまに読んでいた今年のピューリツァー賞受賞作、Viet Thanh Nguyen の "The Sympathizer" をやっと読了。さっそくレビューを書いておこう。
[☆☆☆☆] 虚無を見すえて快活に生きる、という最後のメッセージがいい。虚無とは価値が価値をうしなうことだ。自由と民主主義を守るはずの国が他国の自由を侵害し、自由と独立を勝ちとるはずの革命が圧政を生む。こうしたふたつの価値喪失と、結果的に生じた虚無がヴェトナム戦争の本質である、と作者は述べているようだ。主人公は北ヴェトナムのスパイ。サイゴン陥落後、旧南ヴェトナム軍大尉としてアメリカに亡命。政権奪還を目ざす将軍と旧軍人たちの動静を探る密命を帯びている。手に汗握るスパイ小説、冒険小説、戦争小説の山場が連続し、さらには『地獄の黙示録』を思わせるハリウッド映画の撮影シーンも登場。この動的な流れのあいだに配された静的シーンがまたすばらしい。主人公はスパイとしての二面性だけでなく、歴史的にいやおうなく分断された国で混血の私生児として生まれた、生来「ふたつの心」をもつ存在である。それゆえ、友情や家族愛、恋愛、個人的良心と、公的立場や政治的信条との板ばさみにつねに懊悩。その出自と内的矛盾ゆえに他人を裏切り、自分もまた裏切られたときの悲しさは、読んでいて胸が痛くなるほどだ。当然、彼自身、感傷におぼれることもある。が、「ふたつの心」とは感情だけでなく知性の面でも活発に働くものであり、想像を絶するような地獄の日々を送ったのち、大尉は「虚無を見すえて快活に生きる」道を選ぶ。勇気を与えられる決断だ。ヴェトナム戦争の本質を見ぬいた、ヴェトナム人作家ならではの力作である。