ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Hilary Mantel の “Wolf Hall”(3)

 ヘンリー8世に重用されたトマス・クロムウェルのもとには、宮廷内外から陳情や嘆願が殺到する。クロムウェルは駆け引き上手で観察力に長け、冷静沈着そのもの。時には金にものを言わせてトラブルを解決、その政治手腕は師匠トマス・ウールジのはるか上を行く。
 それゆえ、師匠が失脚する原因となったヘンリーの結婚問題でも、賛成反対を問わず「立場の異なる要人のあいだを自在に動きまわり」、ヘンリーの期待によく応えるわけだが、その政治姿勢は信念に由来する理想主義ではなく、情勢判断に基づく現実主義である。国家の繁栄と安泰を願ってはいるが、国家の存在基盤となる理念や価値観を守ろうとするタイプの政治家ではない。
 こういうしたたかに立ちまわる人物が主人公だからこそ、卑しい身分から次第にのし上がっていくサクセス・ストーリーとしての面白さがあり、「愉快な裏話、楽屋話」も生まれる。この意味で本書は、中心「人物に関する最も本質的な問題をすぐれたフィクションの形で追求」したものであり、マクロな視点とミクロな視点のよく計算された配合ともども、「力作歴史小説」のゆえんとなっている。
 では、これは読む者の魂を揺さぶるような傑作かというと、残念ながらそれほどではない。たしかに面白い読み物だし、「少なくとも読者が考える材料にはなっている」ものの、圧倒的な感動までは得られない。なぜか。クロムウェルが「したたかな現実主義者」ではあっても、「理念や価値観を守ろうとする」人間ではないからだ。
 …今日もまだ出張中。ケータイを使って書くのは本当に大変だ。この続きはまた明日にでも。