ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

"Fishing the Sloe-Black River" 雑感

 今年もとうとう年間ベスト10の季節がやって来た。去年、いや一昨年の話題作でさえまだ何冊か積ん読のままなのに、ニューヨーク・タイムズ紙やパブリシャーズ・ウィークリー誌、英米アマゾンなどが発表した新しいリストをながめていると、そちらのほうについ心が動いてしまう。
 とはいえ、先月珍しくハードカバーを買いすぎて予算オーバー、かみさんに大目玉を食らったばかりなので、ペイパーバックがすでに出ているか近刊予定のものだけボチボチ注文しているところ。今年の全米図書賞を取った Colum McCann の "Let the Great World Spin" もその一つだが、たまたま以前、この作家の旧作 "Fishing the Sloe-Black River (93) をなぜか入手していたので、こちらからまず取りかかることにした。
 読みはじめて気づいたのだが、これは短編集。ぼくは記憶力がわるいので、全編を読みおわってから目次を見ると、これ、何の話だっけ、ということがままあり、短編集はどうも苦手なのだが仕方がない。
 今日は第7話まで読み進んだが、どの物語にも定石どおりハイライト・シーンがある。それは必ずしも人生の重大局面とは言えないが、大昔、各務三郎がよく使ったキャッチコピーを孫引きすれば、「短編小説は閃光の人生」。少なくとも、主人公の人生を鮮やかに切り取った断面が結末で示される。いわゆるオチではなく、彼ら彼女たちの心のひだに刻みこまれた出来事がこちらの心に痛切に伝わってくる瞬間だ。
 第1話 "Sisters" は場面転換が見事。スピード感あふれるテンポのいい文体で過去と現在が交錯し、アイルランド若い女の忌まわしい過去が明らかにされるうち、一気に物語に引きこまれる。久しく会わなかった姉の見舞いに女がニューヨークを訪れ、病室でさりげなく声をかける。感傷を排しながら万感の思いをこめた筆致がすばらしい。
 第3話 "A Basket Full of Wallpaper" にも胸を打たれた。アイルランドの海辺の村で、日本人の男が壁紙張りにいそしんでいる。その仕事を少年時代のひと夏手伝った男の回想が中心だが、後年、壁紙屋の訃報を聞いて夏の日の思い出がよみがえる。そこに混じる心の痛み。初めて読むような設定ではないが、これまた感傷を排しているだけに泣けた。
 第6話 "Step We Gaily, On We Go" と、第7話 "A Word in Edgewise" は相当に饒舌な文体だ。若いころボクサーだった老人が心の中でしきりに妻に話しかけながら、コインランドリーへ出かける。老女が娘時代を思い出しながら妹に話しかけ、その顔にメークをほどこしていく。ヘビー級の世界チャンピオンを夢見てアイルランドからニューヨークに渡った男。第二次大戦後、アイルランドにやって来たアメリカ兵たちと遊びまわった奔放な姉妹。過去と現在がテンポよく交錯し、活写されるうちに、やがて(予想はつくが)饒舌の裏に秘められた真相が明らかにされる。陽気な語り口から哀感が漂ってくる点がすばらしい。
 …ほんとうは今日中に読了できるはずだったが、今晩は忘年会。この日記も職場でこっそり書いている。というわけで、残りはまた後日。