ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Colum McCann の "Fishing the Sloe-Black River"(1)

 昨日家に帰って読みおえたのに、夜はおとといの忘年会疲れのせいか、睡魔に襲われてレビューが書けなかった。今年の全米図書賞を取った Colum MaCann の旧作短編集(93年)である。

Fishing the Sloe-Black River: Stories

Fishing the Sloe-Black River: Stories

[☆☆☆★★] 人は日常いろいろなことを考え感じながら生きているが、時に感情が凝縮し純化する瞬間がある。そんな人生の点景を鮮やかにとらえた短編集だ。病に倒れ、あるいは亡くなった肉親への愛、ふとよみがえる夏の日の苦い思い出、夢破れた老人の妄想……。「人にはそれぞれ呪いがある」という書中の言葉どおり、何らかのこだわりを心に秘めた人々が、そのこだわりを言葉で、行動で一気に吐露する。喪失感や挫折感、逆にそれらを解消しようとする衝動を描いた物語が多いが、この「公式」はもちろん全編には当てはまらない。要約するならやはり、人生のいろいろな局面で感情が一瞬、結晶化する話を集めたものというべきだ。事件らしい事件がほとんど何も起こらない表題作のあと、激しいアクションをともなうアイルランド版『銀河鉄道の夜』が続くといった全体の構成も見事だし、各編とも場面転換が鮮やかで、スピード感あふれるテンポのいい文体で過去と現在が交錯。登場人物が活写されるうちに、陽気な饒舌や、一方、静けさに満ちた行間から、ふと哀感が漂ってきて胸を打たれる。ニューヨークやテキサスなどアメリカを舞台にしたものと、アイルランドの漁村や田舎町などが舞台のものに分かれ、後者の場合、一般の辞書にはない口語や方言が頻出するものの、話の流れに乗ってしまえば解読には困らない。