「本書はたしかに深い。だが…もっと深く! とつい思ってしまう」のが難点?のひとつ。これは多分にぼくの好みの問題だけれど、さらにもうひとつ好みを言うと、小説の場合、ただ深ければいいものではない、ともぼくは思っている。深いだけなら哲学書でも十分。しかしそれが小説である以上、人生にかんする洞察をいかに芸術的に、あるいは劇的に表現しているかということも当然、評価の対象となるはずだ。
もっと分かりやすく言うと、「深くておもしろい」作品がぼくのゴヒイキなのだ。本書とタイプはちがうけれど、たとえばドストエフスキーの『悪霊』あたりが代表例で、あれほど深い思索や洞察に満ちながら、かつ物語としても十二分におもしろい小説とくらべると、とりわけ現代の作品はジャンルにかかわらず、どうしても分がわるい。どだい、くらべるほうが間違っていると思いつつ、やはり頭の片隅で、あっちのほうが深いな、おもしろかったな、とつい比較してしまうのである。
19世紀の超弩級の名作でなくても、大ざっぱに言って20世紀前半までの秀作佳篇とくらべても現代のものは旗色がわるい。そんな中で、この "Open City" は本当によくがんばっているほうだと思う。今や「これほど内省的で、かつ知的な『魂の彷徨』を描いた小説は、そうめったにあるものではない」からだ。過去の絶対的な作品群を思いうかべながら小説の点数を考えた、などということも久しぶりである。だから、☆☆☆☆でもいいな、といまだに迷っている。
しかしもうそろそろ結論を出さなくては。本書は、知的昂奮をかきたてられるという意味ではたしかに「おもしろい」。が、もっともっと「かきたてられ」たかったし、単なる「物語としても…おもしろ」ければなおさらよかった。思索を小説のかたちで表現するというのは最高度にむずかしい芸術かもしれないけれど、本書がデビュー作という Teju Cole には、今後もこの至難の業に取り組み、これをさらに上回る傑作をものしてもらいたい、という期待をこめて、今回はあえて厳しく☆☆☆★★★のままにしておきます。
…それにしても、われながらラフな駄文ですね。本来なら、物語性や芸術性の意味を明確にしながら論を進めないといけないのに…と思いつつ、今日はこれにて。