ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Charlotte Mendelson の “Almost English” (2)

 たいへん遅ればせながら、きょう『風立ちぬ』を観に行った。これも本書とおなじく大幅に予定がずれこんでしまった。
 堀辰雄堀越二郎をミックスさせた話と聞いたときから興味があり、一ヵ月前に友人に感想を聞いたところ、「よかったよ」という。その後、宮崎駿監督引退のニュース。それと関係があるのかないのか、観客動員数ランキング一位をずっとキープしている一方、喫煙シーンが多くて物議をかもしているとか、ほかにもいくつか批判を小耳にはさんだ。
 ……と、ぼくにしては珍しく "予備知識" を仕入れて映画館に足を運んだのだが、残念ながら、いささか期待はずれ。それとも期待が大きすぎたのかな。
 〈堀辰雄編〉では、とりわけ紙飛行機を飛ばすシーンがよかった。ほかにもいくつか目頭の熱くなるシーンがあり、こちらのパートにはかなり満足。中学生のころだったが、原作のほか、短編『麦藁帽子』を読んだときの思い出がちょっぴりよみがえってきた。まあ、イメージどおりの堀辰雄像でしょうか。ということは、予想を超える内容ではなかったということでもあるけれど、それにしても菜穂子の出る場面はどれもいい。
 ぼくが気になったのは〈堀越二郎編〉のほうだ。零戦の出番が少ない、などというのは不満のうちに入らないだろう。それより、え、宮崎駿って、こんなに単純な人間観、図式的な歴史観の持ち主だったの、と驚いた。
 その理由をひとことで述べると、「人間は天使でも獣でもない」。このブログで再三再四、引用してきたパスカルの言葉だが、これとは対照的に、映画の主人公・二郎は人間を天使と獣に二分しているように思える。飛行機作りにひたむきな点には共感できるのだけれど、人間は機械ではありません。
 ……看板に偽りあり。ずいぶん前置きが長くなってしまった。Mendelson の "Almost English" の場合、作者の人間の描き方に違和感を覚えることはなかった。要するにそう言いたかったのだ。
 娘のマリーナも母親ローラもとことんドジ、そしてとことん純情。戯画的とさえ言えるかもしれない描写の連続だが、それがなぜ存在感のある人物像を形成しているのだろうか。この点についてちょっと考えてみたい。