ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Magda Szabo の “The Door” (4)

 まず前回の復習から。Emerence に言わせれば、「右も左も同じ」。どんなに崇高な政治理念を掲げていようとも、その者たちがいったん権力を握ったとたん、彼らは等しく all oppressors になってしまう。それが彼女の政治観、国家観、そして歴史観である。
 そこで彼女は、相手がどんな立場の人間であっても、こんな見方をするようになる。In her mind everyone came down to a common denomination ― God, the town clerk, the party worker, the king, the executioner, the leader of the UN. (p.112) ゆえに彼女は偏屈ばあさんであり、孤高の人となったわけだ。
 それなら彼女は、まわりのみんなと距離をおく内向的な人間だったのだろうか。実際、WOWOWによれば、映画『エメランスの扉』に登場する Emerence は「心の扉を閉ざして生きる家政婦」であるという。が、この紹介は間違っているとは言わないが、誤解を招きやすいものだと思う。原作のほうでは、彼女は内向的であるどころか、積極的に他人のために奉仕するという意味において、むしろ外向的な人間だからだ。
 上のくだりはこう結ばれている。But if she experienced a sense of fellow feeling with anyone, her compassion was all-embracing, and this didn't extend only to the deserving. It was for everyone. Absolutely everyone. Even the guilty.
 Emerence は「私」だけでなく、ほかにも十数軒の家で家政婦として働き、雪が降った日には近所の雪かきに精を出すなど、とにかく自分の決めた仕事にいつも全力投球。それゆえ、いっさい妥協せず、衝突も絶えないが、彼女の「奉仕、勤勉、誠実さ」を疑う者は誰もいない。
 Emerence の死後、「私」は彼女の人生をこう要約している。This woman wasn't one to practice Christianity in church between nine and ten on Sunday mornings, but she had lived by it all her life, in her own neighbourhood, with a pure love of humanity such as you find in the Bible, .... She'd been all around the neighbourhood with her christening bowl. (pp.250-251)
 ぼくはこれを読んだとき、ベルジャーエフの『人間の運命』にある、こんな一節を思い出した。「キリストは『なんじの隣人を愛せよ』と教えたが『なんじより遙か遠く離れているものを愛せよ』とは教えなかった。この区別は非常に大切である。なぜなら、遠いものへの愛――つまり『人間一般』あるいは『人類』にたいする愛――とは生きた人間への愛ではなく、まさに抽象的観念や抽象的善への愛にほかならないからである。ところが、われわれは往々にしてこのような抽象的観念を愛し、そのために生きた人間を犠牲にしてまうことがある。たとえば、革命のとき人々がふりかざす『ヒューマニズム』がそれである。われわれはなによりもまず、ヒューマニズムが説く『博愛』と、キリスト教が説く『隣人愛』とを区別しなければならない。キリスト教の愛は具体的、人格的な愛であるが、ヒューマニズムの説く愛は抽象的、非人格的な愛である。キリスト教の愛は個々の『人間』を対象としているが、ヒューマニズムの愛は人類の幸福であろうとなんであろうと、とにかく観念そのものを対象としている」。(野口啓祐訳)
 この文脈で Emerence の立場をふりかえってみよう。彼女は「空疎な政治理念や主義主張には目もくれず、実生活の中で誇りをもって他人に奉仕する」。つまり、まさしく隣人愛を実践していたのである。
(写真は、宇和島市立明倫小学校にほど近い神田(じんでん)川(再アップ)。ぼくが子供のころ、この川を毎日清掃しているお爺さんがいた。たしか〈ゲンじい〉という、目のギョロっとした、怖そうな顔つきのお爺さんだった。昔はもちろん、これほど整備された川ではなく、両側もガードレールのない土の道。そこからゴミを投げ捨てようものなら、「こらっ!」と〈ゲンじい〉に大声でどやしつけられた。台風のあと、散乱したゴミを片づけ、ばらばらになった小石の石組みをまた積み直している姿を何度も見かけた。当時は何とも思わなかったが、ぼく自身、あの〈ゲンじい〉に近い爺さんになった今、自分はいったい何をしているのだろう、と思うと情けなくなってしまう)