ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Linda Grant の "The Clothes on Their Backs"(2)

 去年のブッカー賞関連の本に取り組んだのはこれで5冊目になる。単純なお遊びに過ぎないが、系統別に順位をつけてみると、読者に人生の意味について考えさせるという点では、本書は Joseph O'Neill の "Netherland" に次いで第2位。http://d.hatena.ne.jp/sakihidemi/20090106/p1
 "Netherland" は英米アマゾンで見るかぎり評価が分かれている。決して面白いとは言えない本なので、ショートリストに残らなかったのも無理はないと思う反面、9.11テロ事件を政治的アジテーションぬきに文学作品として扱った点で価値があるし、何より、精神的などん底を味わった人間の思いがひしひしと伝わってくる。そういう意味では、この "The Clothes on Their Backs" も似たような味わいがあり、大なり小なり青春の嵐を経験した読者なら、かなり身につまされるはずだ。
 物語性という点では、本書は第4位。第1位は、破天荒な面白さを買って Steve Toltz の "A Fraction of the Whole" だが、何しろ長すぎてぼくは途中で飽きてしまった。http://d.hatena.ne.jp/sakihidemi/20080918 "The White Tiger" のほうが、型どおりではあるがよくまとまっているので、受賞は当然かなという気もする。http://d.hatena.ne.jp/sakihidemi/20081113/p1 3番目に面白かったのは Sebastian Barry の "The Secret Scripture" だが http://d.hatena.ne.jp/sakihidemi/20090208/p1、本書との差は紙一重。最後に話をやや作り過ぎているので、"The Clothes on Their Backs" のほうに軍配を上げる読者がいても不思議ではない。
 本書でユニークだと思ったのは、一昨日の雑感にも書いたことだが、衣服や靴などの小道具が人生のひとこまとなっている点だ。主人公の姪が伯父に買ってもらったドレスや、青年からプレゼントされたジャケット、あるいは青年自身のジャケットなど、いずれもそれを身につけていた瞬間、時期の当人の境遇や心理状態を象徴するものである。そんな観点で書かれた小説はちょっと記憶にない。
 結末近くに、The clothes you wear are a metamorphosis. They change you from the outside in. という言葉が出てくる。若い頃から着た切り雀のぼくにはピンとこないものの、女性なら思い当たるフシがあるかもしれない。この「衣装哲学」について答えてくれそうな女史がいるので、明日にでも尋ねてみよう。