ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

"The Little Stranger" 雑感

 Sarah Waters の "The Little Stranger" に取りかかった。これで今年のブッカー賞最終候補作を読むのは、受賞作の "Wolf Hall" もふくめて5冊目。発表直前の予想では J.M. Coetzee の "Summertime" と並んで3番人気だった作品である。
 サラ・ウォーターズといえば、前作 "The Night Watch" が06年のブッカー賞最終候補作に選ばれたとき、発表前に夢中で読みふけったあげく、「本書が栄冠に輝いても何ら不思議ではないと思う」などとレビューに書いてアマゾンに投稿、大恥をかいた苦い記憶がある(その後、削除)。ブッカー賞の性格とウォーターズの作風を冷静にふりかえると、そんな予想を立てるほうが間違っているのだが、当時は今以上に目先のことしか見えず、すっかり舞い上がってしまった。
 そのせいか、今回ウォーターズの作品がふたたびショートリストに残ったのを知ったとき、「今度も面白いんだろうな」とは思ったものの、前のように飛びつく気にはなれなかったし、落選後も今までは、来年5月だったかに出るらしいペイパーバックを待とうと思っていた。それがやおら取り組んでみる気になったのは、このところ今年のブッカー賞の候補作を立て続けに読んでいるのと、5月まで待ったらその前に翻訳が出てしまうだろうと思い直したからだ。
 今日はやっと半分過ぎまで読んだところだが、暫定的ながら結論を言うと、今度もウォーターズが涙を飲んだのは仕方がなかったのでは、という気がする。それどころか、熱心なウォーターズ・ファンが聞いたら座布団が飛んできそうな感想だが、彼女がブッカー賞を取ることはよほど精進しないかぎり今後もありえないだろう。
 たしかに、面白いことは面白い。ミステリアスな雰囲気が少しずつ醸成され、さりげなく伏線が張られるうちに、やがて不思議な事件が起こる。とはいえ、巻半ばを過ぎてもまだまだ長大なイントロという感じで、前作よりずいぶん地味な展開だが、これはイギリスの小説では当たり前のことで気にならない。登場人物の性格をじっくり練り上げながら悠々たるペースで物語が進むのが英国小説の伝統である。
 ジャンルとしてはゴースト・ストーリー、ゴシックロマンに入りそうだ。そこで思い出したのが、古くは『嵐が丘』、ついでぼくの大好きなアイリス・マードックの "The Unicorn"、そして最近の大収穫、Kate Morgan の "The Forgotten Garden" の3作。それぞれおもむきは異なるものの、いずれも古い館が出てくるゴシックロマン(らしきもの)という点では共通している。で、同じく古屋敷が舞台の本書をその3作と頭の中で比較しながら読んでいるのだが、そうすると本書はかなり分が悪い。なるほど話としては面白いけれど、ウォーターズはこの本を通じて人間性のどんな謎を解き明かそうとしているのか。その点、エミリ・ブロンテにはとても及ばないし、いやいや、単純にサスペンスという点でもマードックモーガンには負けてしまうなあ。
 …例によってミもフタもない感想になってしまった。あとまだ200ページ以上も残っているので、独断と偏見は捨て、今後の展開を楽しむことにしましょう。