ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Patrick Chamoiseau の “Slave Old Man”(2)

 ああ、やっぱり Anna Burns の "Milkman" (2018)がブッカー賞に引き続き、全米批評家協会賞も獲ってしまいましたね。前回も書いたとおり、まず順当な結果だろう。 

 ちなみに過去、同賞とブッカー賞のダブル受賞に輝いた作品は2冊ある。

 

  ぼくの独断と偏見にすぎないが、出来は "Wolf Hall"(2009 ☆☆☆☆★)がいちばんいい。"Milkman" は、"The Sellout"(2015)と同点(☆☆☆★★★)ながら、同書より若干落ちる。何度も言うように、仕上がりがいささか荒削りだからだ。
 また、読んだ当初は、フェイクニュース花盛りの情報化社会に警鐘を鳴らした点で高く評価できると思ったものの、最近、遅まきながら Umberto Eco の "Baudolino"(2000 ☆☆☆☆★)を読み、とうの昔に類似したテーマの傑作が書かれていたことを初めて知った。そうなると、"Milkman" のほうはどうしても見劣りしてしまう。 

 さて、表題作に戻ろう。(1)で書いたとおり、今年の全米批評家協会賞(対象は昨年の作品)の最終候補作で、1997年にフランス語とクレオール語で書かれた原作の英訳版である。 

 本書ですぐれているのは、19世紀の黒人奴隷を扱った従来の小説のパターンを打ち破ろうとした点だろう。少なくとも、奴隷が農園から逃亡と聞いただけで、不謹慎ながら、おやまたですか、と反射的に思いうかぶような物語ではない。 最後は幻想小説と言ってもいい。老人が「無数の祖先の声を聞き、その霊と一体化」したりするからだが、そのあたり、もっともっとマジックリアリズムの世界を構築してほしかった。なんじゃこりゃ、と訳がわからないまま、ただもう面白いドラマに引き込まれる。そんなラテアメ文学でおなじみのアクの強さが本書には欠けている。淡泊すぎるのだ。
 とはいえ、このように主人公が「存在の根底、種の根源へと突き進んでいく」、ひらたく言えば、民族のルーツにかかわる小説は海外文学の場合、いまだに書き継がれているような気がする。積ん読の山の中にもお宝が眠っていそうですな。
(写真は、愛媛県宇和島市立明倫小学校。去年の秋、帰省中に撮影。5年生まで通ったが、このイチョウの木は昔からこの位置にあったように思う)

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