ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Tea Obreht の “The Tiger's Wife”(2)

 今週もけっこう仕事がきつかったが、何とかウィークデーに読みおえることができた。ぼくにしてはがんばったほうだ。なぜ努力したかというと、本書の出来ばえがすばらしかったのはもちろんだが、じつはこの半年でこれが30冊目になることに気づいたからだ。よろず切りのいい数字というのは目標になるものです。
 閑話休題。雑感にも書いたとおり、これは「ケッタイな面白さ」に惹かれてどんどん読みすすみ、第二次大戦中、ドイツ軍の空襲を受けた街がブダペストかと思ったらベオグラードだった、というドジを踏みながらも、最後は秀作に出会えた喜びにひたりつつ読了。「…に絶大なる拍手を送りたい」などとレビューでほめちぎったのは、あまり記憶にありません。
 試行錯誤しながら読んでいる最中は、これはカフカ的な不条理小説かな、とか、ベルイマンの映画みたいだな、と思ったりしたのだが、中盤あたりでようやく気がついた。ここには間違いなくフォークロアの世界が広がっている。それが作者 Obreht の完全な創作なのか、それとも、何か元ネタがあるのかはわからない。たぶん、ある程度は取材した内容も混じっているのではないかと思う。が、それをここまでまとめ上げたのは、作者のイマジネーション以外の何物でもないだろう。
 一方、ここには明らかに戦争、第二次大戦とユーゴスラビア紛争も濃い影を落としている。とりわけ後者だ。'The war had altered everything.' (p.159) や、'All through the war, my grandfather had been living in hope.' (p.281) といった記述で始まるくだりはドキュメンタリーに近い。それがフォークロアと渾然一体となっている点、まさしく「現実と非現実の融合」にほかならない。その融合を象徴する「虎の妻」や「不死身の男」の物語を、Obreht はどうしてこれほどみごとに組み立てることができたのか。それはただただ、非凡なイマジネーションの産物なのか。ぼくはそこに、作家としての資質だけでなく、消えた国、旧ユーゴへの作者の熱い思いを感じとっている。
 主人公の女医は祖父の死を悼み、その人生を再構成しようとする。それがフォークロアであり、また戦争のドキュメンタリーとなる。亡き祖父への愛情は、「消えた国家への哀惜の念」と重なっている。本書は、そういう人間を主人公にすえたマジックリアリズム小説なのである。
 ともあれ、これは Obreht の長編デビュー作とのこと。第1作でここまで自分本来の持ちネタをフィクション化するとは、ただごとではない。今後もはたしてこの水準を維持できるのか、これを凌駕する作品をものしうるのか、ちょっと心配になるくらいだ。