今年のオレンジ賞受賞作、Tea Obreht の "The Tiger's Wife" を読了。さっそく例によってレビューを書いておこう。
[☆☆☆☆★] 生と死を結び、現実と非現実を重ねあわせることで生まれる不思議な世界を描いた秀作。旧ユーゴが舞台なので、東欧
マジックリアリズムの誕生を告げる作品と言っていいかもしれない。「虎の妻」にしても「不死身の男」にしても、本書の核心をなす物語は、いくつもの伝説や説話などを織りまぜたような
フォークロアの色彩が強い。その圧倒的な
ストーリーテリングにまず魅了される。これは相当に面白い。が一方、主人公の
若い女医が、亡くなった祖父の物語る
フォークロアの世界へと踏みこんでいくうちに、紛争によって分断された国家の現実、消えた
統一国家という「幻の現実」も浮かびあがる。そういうドキュメンタリー・タッチが混じって粛然となったかと思うと、女医が訪れる祖父の生まれ故郷や死んだ町などでは、非現実的な夢のような世界が待っている。この
コントラストがじつに鮮やかだ。また一方、女医が祖父の物語を追いかけることは、亡き祖父の人生を検証、
追体験すると同時に、その死を悼む行為でもある。怪奇実話なみに面妖な物語の底に、じつは哀感が流れているのだ。それが消えた国家への哀惜の念と重なる点がみごと。ともあれ、ここには生と死、そして現実と非現実の融合が認められる。その端的な例が「虎の妻」であり「不死身の男」である。
マジックリアリズムのゆえんだが、それは
ユーゴスラビア紛争という悲劇が生みだした、まさに東欧独自のものではないかと思われる。国家の歴史と運命を背景にした
マジックリアリズム小説の誕生に絶大なる拍手を送りたい。英語は平明で、ときに難易度が上がるものの総じて読みやすい。