ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Ingrid Hill の “Ursula, Under”(1)

 ゆうべ、Ingrid Hill の "Ursula, Under"(2004)を読了。一般にはあまり知られていない作品かもしれない。いま検索すると、Washington Post 紙の2004年ベスト小説のひとつに選ばれていたようだ。さっそくレビューを書いておこう。

[☆☆☆★★] ミシガン州の人里離れた古い廃鉱の坑道に、幼い少女アーシュラが転落。ショッキングな書きだしだが、本格的な救出劇がはじまるのはなんと最終章。途中経過は断片的にしか報告されず、巻の大半は、二千年以上の時を経て中国系とフィンランド系の血が混じり、アーシュラの誕生へといたったファミリー・サーガで占められる。始皇帝時代の西安から清の紫禁城へ、シルクロードの隊商が訪れた北欧の村から移民時代のアメリカへ、そして現代へと、まさに時空を超えた家族の歴史が伝奇小説やフォークロア、トラヴェローグ、愛憎渦まく家庭小説など、さまざまなかたちで語りつがれる。実話からヒントを得たエピソードもありそうだが、それにしてもなかば強引に各話を結びつけるイマジネーションには驚くばかり。若い娘が錬金術師相手に試みる体位研究や、処女懐胎を思わせるような珍事件に笑わされ、愛する夫に先立たれた妻の数奇な運命や、悲惨な落盤事故に胸を締めつけられる。変化に富んだ構成の妙が光り、凡百のファミリー・サーガに冠絶していることは明らかだが、ひるがえってアーシュラの事故は顛末が読め、インパクトに欠ける。また壮大なイマジネーションのわりに、その産物が結局「遺伝子の迷路」でしかないというのも竜頭蛇尾。などと重箱の隅をつつかなければ、数々の愛の悲喜劇を一冊で楽しめるコスパの高い作品である。